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話せばわかる

「話せばわかる」「問答無用」は言わずと知れた5.15事件時の犬養毅と山岸海軍中尉のやりとり。
1932年(昭和7年)ですからそろそろ100年、1929の世界恐慌に端を発した大不況時代の出来事ですね。
この事件、客観的な情報を持たない青年将校が引き起こした訳で「話せばわかる」は本心であり犬養は「伝えたかった」のだろうと。
興奮して聞く耳を持たない相手に対しては無力でしたが。

恩人の通夜で先輩と話した時、「お前、あいつ(亡くなった恩人)の嫁さんと付き合ってたんだろ」と言われ衝撃を受けたことがあります。
何がどう伝わってそうなったのか、先輩から辛く当たられると感じていましたが、理由がそうだったとは。

その日、先輩とはいろいろ話ができ誤解は解けたのですが、「コミュニケーションをとらない(とれない)」ことの恐ろしさを学んだ夜でした。
(話してわかった)

機会を大事にしないといけませんね。

余談:私は自分の名前(弘毅)説明するのに、犬養毅(イヌカイツヨシ)のツヨシと説明してきましたが、若い人には伝わらない(犬養毅を知らない)ので、困っております。

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