彼を見つめる物の話

私が覚えているのは、ある女の子の誕生日プレゼントとして買われた時の…箱が空くところからだった。

「わあ〜!かわいい〜!」

女の子よりも先に声を上げた男の子。

「有名な所で拵えて貰ったんだ!綺麗だろう?」
「かわいいけどお父さん、わたしもう10よ?りっぱなレディへのプレゼントがお人形なの?」

すまんすまんと笑うお父さんと、嫌なの!?と驚く男の子。

「じゃあ僕にちょうだい?大事にするよ!」
「ダメ!わたしのお誕生日プレゼントよ?お兄ちゃんが横取りする気?」
「文句言ったくせにぃ…」

母親が男の子には今度車のおもちゃを買ってあげると窘められるが、男の子はお人形の方がかわいいから好きと言って妹の手にある私をじっと見詰めていた。しかし奪うことはせず、一緒に遊ぼうとぬいぐるみを持って私と挨拶をされた。

「ラハは本当に人形が好きねぇ」
「本当にね。あ、もちろん俺は車の方がいいからね!」

男の子より少し大きな少年がそう母に言った。
1番上の兄のようだった。

男の子はいつも、妹の部屋に飾ってある私を見に来ては楽しそうに今日あった事を話した。
その傍らで話す妹と上の兄。

「ラハお兄ちゃんってなんであんなにお人形が好きなの?」
「んー……分からないけど、ラハ自身がかわいいからなぁ?もしかして似てると思ってるんじゃないか?」
「…お兄ちゃん、それってブラコンって言うんじゃない?」
「!?ちょ、ちょっと…どこでそんな言葉覚えて来るんだよ…!」
「これくらいレディのたしなみよ!」
「絶対違うだろ!」

それはきっと、ちょっと変わり者の平和な家族。

平和である筈の家族だった…

その日は下の兄の誕生日だと、私の持ち主である妹が私を抱えて街へ出ていた。

「私、あなたの事とっても好きだけど、ラハお兄ちゃんってば私よりあなたが大好きなの!だから、お店の人にかわいいリボンを付けて貰いましょう!私からお兄ちゃんへの最高のプレゼントだと思うわ!」

そう言って意気揚々とお店に行って私を飾ってくれと頼んだ。

「ラッピングじゃなくていいのかい?」
「ええ!だってお兄ちゃん、この子の事は知っているから今更驚かしたってしょうがないわ!」
「へぇ!お兄ちゃんにあげるのかい!」
「そうよ!ラハお兄ちゃんは男の子なのにかわいい物が大好きなの!それにとってものんびり屋さんで、いっつも私が忘れ物チェックしてあげるのよ!」
「それは頼もしい妹さんだ!よし、お兄ちゃん想いの妹さんのお願いだ!とびっきりかわいいリボンを選んであげよう!」

そして飾られた私を抱き締めて、妹が帰ろうとした時だった。酷い音が鳴り響いて、辺り一面悲鳴で埋め尽くされた。

彼女は、殺されてしまった。

その日のうちに私は家に送られ、重苦しい雰囲気で兄が彼に私を渡した。

「あいつが、お前にプレゼントしたかったんだってさ」

彼女の血が着いた私を受け取り、強く抱き締めて泣いた。きっと、私にリボンを付けに行かなければ彼女は死ななかっただろう。嘆く彼に、兄は言い放った。

「良かったよ。あいつが居なくなって」

思わず泣くのも止まり、恐る恐る兄を見る。

「な…なん、で…」
「そんなの、この家の子供は俺とラハだけで良かったんだ!あんな生意気な妹、俺達には必要ないさ!」
「へ…変、だよ…?な、に、言い出す…の…?」

じわりじわりと兄に覚える恐怖で震え、後ろに下がる。

「変じゃないよ!俺はずーーーーーーっと思ってた。あんな妹よりラハ、お前の方がよっぽどかわいい!だから殺したんだ!邪魔だからね!あれに比べてラハは本当にかわいいよ……桃みたいに柔らかくてかわいい髪、サラサラでふわふわな肌、宝石みたいにキラキラな瞳…なぁ?ラハ。兄ちゃん、ずっとお前が欲しかったんだ。人形みたいに可愛くて、女の子よりもずっ…………とかわいい俺の弟」

恍惚とした笑顔で躙り寄る兄から逃げ出そうとするも、すぐに足がもつれて転んでしまう。

彼が大好きだった筈の兄はもう居なかった。

いるのは妹を憎み殺し、弟を偏愛する異常者。

恐怖で声も出ない彼はひたすら、私を抱き締めて耐えた。

「ラハ」

妹の葬儀を終えた後、母が言った。

「あなた女の子になる気はない?」

妹は、母にとって待望の女の子だった。

「そうだな。ラハが女の子になれば何も問題ない!」

父が続き、衝撃に口も挟めなくなった彼はただ震えた。

親に女の子の服を着せられ、親の見ぬ所で兄に抱かれ、当然彼は憔悴していった。

「いやだよ…いやだよ…」

泣いて私を抱く彼の腕には、もう力と言える強さもなかった。妹の死を悲しむ余裕もないままに恐怖を植え付けられ、服を強要され、私達人形と同じように、家から出る事を禁じられた。それはきっと、もう失わぬまいと親の決断だった。彼が出たいと言えば過剰に叱り、母は殴った。兄は庇うが恐怖の対象。

諦め、もう長い間部屋に篭もり私や他のぬいぐるみに囲まれて、天蓋付きの可愛らしいベッドの上で過ごした彼は…私達のように、何も言わなくなった。

「ラハ。今日は新しい人形を買ってきたぞ」

それは私と近しい型の人形だった。

「そんなに汚れた人形もういらないだろう?」

そう、父が言った途端強く、強く私を抱えて父に背を向け、大きな声で言った。

「いやだ!新しいお人形は嬉しいよ!でも…でもいやだよ…!!汚れてたってこのお人形は…」
「いいから貸しなさい!!」
「やだぁ!!!やだよ!やめてよ!!!」

久しぶりに聞いたであろう息子の泣き叫ぶ声も聞かずに、父は私を取り上げ部屋を出た。鍵をかけられた部屋からは、悲鳴のような泣き声がいつまででも聞こえていた。

「ほんと、どうして女の子なんか欲しかったのかしら?ラハがこ〜んなに可愛いのに!」
「ほんとだよ母さん!俺達にはラハだけでいいんだ!」
「この人形で、あいつの遺品は最後だ。」
「早く燃やしちゃいましょう!そんな忌まわしい物」

そんな事を永遠と話している。私はゴミ袋に詰められ、次の日ゴミの日に捨てられる。

それまで少し時間があった気がする。

シン…と静まった家に、金具と木が割れるようなすごい音が響いた。家には恐らく誰も居なかったのだろう…暫くしてゴミ袋が荒々しく開けられ、泣き腫らした彼が現れた。私を抱き上げ、酷く泣きながら部屋に戻った。あの音は、彼が扉を壊した音だった。

可愛らしい服が沢山詰まったクローゼットに私を隠し、ごめんね、ごめんねと言いながら扉を閉めた。私を捨てられまいと、精一杯の抵抗だった。

私は服に包まれ、この暗闇で長いこと隠れていた。

そして私の最後の記憶は、クローゼットから引きずり出され、泣き喚く彼の目の前で、床に叩き付けられて、踏み壊される事で終わった。


「おはよう…おはよう…!」
「…………」
「大丈夫…?動ける…?」

今、私の目の前にいるのは…

紛れもない、"彼"だ。

しかし、だいぶ大きくなっていて…なんだか、あまりにも細い。

「どこにも…行かないで…」

泣きながら、か細い声で私に懇願する姿が、あまりにも痛々しい。

私はそこで初めて自分の身体が動く事に気付いて、手を見た。今までのような人形の姿ではなく、人間とそう変わらない…むしろ彼よりも大きい姿だった。理解が及ばないが、私は意志を持たない人形でいた為にそれは仕方がなかったのかも知れない。ただ、目の前の彼に腕を添えて、

「…どこにも…いかない、よ」

慣れない音で、それだけ言った。

すると彼は喜び、私に口付けをした。

昔幾度となく拒否していた筈の行為を私と楽しげにしている。ただ、流れ込んでくる彼の魔力から感情を受け取る事が出来て、とても嬉しそうな彼を、そのまま受け入れた。

私が壊れていた間、彼には何があったのか先日聞いてみたが、

「…家族…?居ないよ、そんなの…?」

本当に知らない、と…覚えていない、ではない答えが帰ってきた。

「僕には、お人形のみんながいてくれるからね!」

寂しくないよと言う彼が、あまりに昔と変わらない優しい笑顔で…だけど変わり果てた彼の姿に、人形である筈の私の目から涙が溢れた。

「ど、どうしたの…?どこか痛い…?」

人形である私に痛みはない。恐らく感情という感情もない。それでもどこか、胸が痛いような気がして、どうしようもなかった。

彼はきっと誰も覚えていない。

私の昔の姿、家族、そして自分の事さえ…

全て忘れる事で自分を守った。

…いや、全てを忘れなければ、きっと、此処にはいなかったのかも知れない。


私が周りを記憶できなくなるくらい壊れたのと同じように、きっと彼も…

もう、戻れない程に壊れてしまったんだ。


   

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