ぼくのなまえはどこにも

哀れな少年の悪夢の話

僕は物心付いた時から冷たい檻の中に居た。

檻には何人も何人も、沢山の人が押し込められたいた。

どの大人も子供も生気がなく、暗く俯いていた。

代わる代わる入れ替わり、入って来ては居なくなり…

そんな様子を、ずっと見ていた。

たまに誰に話し掛けてみても、誰からも返事は返ってこない。

ある日、檻の前に大人数人と女の子がやって来た。

そして、僕を指差してこう言った。


「"アレ"がいい!白くて一番きれい!」

「しかしお嬢様、"アレ"はまだ調教が済んでおりません。」

「平気よ。わたしが躾けるから問題ないわ!」


"ちょうきょう"?"しつけ"?

この人達は何を言っているんだろう。

檻が空くと、出て来いと言われた。

だけど僕は状況が読めなくて、ただ瞬きをしていた。

すると男の人が怖い顔で入ってきて、僕の腕を強引に引っ張った。

【いたい】と言うと、男の人は【黙れ】って僕を檻の外へ投げた。


いたい。


「ちょっと、わたしのペットを投げないで。怪我でもしたらどうしてくれるの?」


そう言って僕に近付くと、ガシャリと音がして、首が重くなった。

女の子が、鎖を持って喜んでる。

僕はそのまま引き摺られて、女の子達のお家に連れて行かれた。

響く女の子の笑い声と乾いた鞭の音。

いたい。痛い。いたい、痛い!


「やだっ 痛、いたい!やめ、やめてっ!」

「やめて?わたしに口答えするの?なんてダメなペットかしら!」

「違うよ、ぼくは、ぼくは」

「奴隷はペットなのよ!ご主人様の言うことは絶対!なんでも言うこと利くの!」


僕が言葉を口にする度鞭で叩かれる。

必死に喉を殺した。

返事だけをするように、言われたことだけをするように。

こわい。こわい、怖い。

毎日鞭で打たれ、怯えて生きてる。


…ぼくはいきてるの?


いたい。

おなかすいた。

こわい。

ねむい。

おなかすいた。

しにたくない。

ぼくはいきてる。

ねむい。

おなかすいた。

おなかすいた。

おなかすいた。



それから、僕の記憶は飛んだ。

何が起きたかは分からない。

…ただ、分かるのは口に広がる鉄の味。

屋敷に誰も居ない。

部屋の床が全部赤い。

たまに骨が落ちてる。

何が起きたか分からない。

だけど


おなかいっぱい。



気付いた時には僕は眠ってた。

そして起きたらまた檻に居た。

前の檻よりずっと頑丈だ。

なにより手錠も足枷も首輪も付いてる。

どうしてこんなに頑丈な鎖で僕を繋いでいるの?

鎖の音を聞いて、人が沢山やってきた。

そして僕を【人間の皮を被った猛獣】と言った。

僕はいつもと変わらず、首を傾げた。

すると鉄格子の間から、みんなが石を投げてきた。

いたい、いたい、いたい痛い痛い!!

目が開かない、目が開かない。痛い、血が、痛い、止まらない。

痛みで泣き叫ぶ僕を見て、みんなが嘲笑う。

どうして誰も助けてくれないの。

怖くて痛くて恐ろしくて。

どうしてが頭をぐるぐる回る。

彼らは僕が入ったその檻を、そのまま動かして


…海に捨てた。


こうして僕は眠り続けた。


眠って眠って、永遠に眠るのかと思ってた。

でも、目が覚めた。

…頭が真っ白で、何かを思い出そうとした。

でも何も出てこない。

僕は今何処に居るんだろう?

随分昔に溺れたのは覚えてる。

僕は誰だろう?

僕の名前はなんだろう?

名前?そんなのあったっけ?

呼ばれたことなんてあったっけ?

そんな事を考えていると、誰かが僕に寄ってきた。


「お前、こんな所でなにしてる?そんな所で寝るな、邪魔だ。」


何を言われたのか分からない。

頭が働かない。

ぼんやりしていると、その誰かが邪魔だと僕を蹴り飛ばした。

それで誰かの言葉を思い出した。


『 奴隷はペットなのよ!ご主人様の言うことは絶対!なんでも言うこと利くの! 』


ペット。

ご主人様。

絶対。

なんでも。


…そう、そうか。

僕はペットなんだ。

ご主人様の言う事を利かなくちゃ。


「、ごしゅ じんさ、ま。 」


ご主人様。


「僕、は あなたの ペット、です。」


だから


「僕、を 」


 飼って下さい。


-------------------

僕は飼われては捨てられ、捨てられては飼われてを…

ずっとずっと続けた。

飼われる喜びと捨てられる事にも快感を覚える。

どんなに冷たい目で見られてもどんなに暴力を振られても興奮した。

ありがとうございます。僕には勿体無いご褒美です。

愛していますご主人様。

貴方が誰でも貴方は僕のご主人様です。

ありがとうございます。

ある日僕は、ご主人様にダンボールに詰められて川に捨てられた。

ずっと、ずっとずっと流されて、何処かに引っ掛かり、ダンボールが止まった。

僕が顔を上げると、そこは白。

僕が見た事がない程に青く澄んだ空。

水が美しいと始めて思った。

だけどそこまで。

ぼんやりした頭で眠ろうとした。

けど、誰かが走ってきた。


「わあ…!ねぇ、大丈夫?どうしてそんな所に居るの?」


小さい、髪の長い男の子。

僕に何かを喋りかけてくる。

…でも眠い。


「………?あっ 君、もしかして猫ちゃん?」

「……………にゃ、あ…」


猫と聞いて、ひと鳴きすると男の子は『やっぱり!』と言って僕を水から引き上げた。

そして小さな身体で僕を背負って何処かへ走って行った。

…眠い。

…もう日が暮れる頃、僕は目が覚めた。

すると、


「あ、起きた?」


僕を拾った男の子。

彼は笑って僕に魚を渡してきた。


「ずっと寝てたからお腹空いたでしょ?お食べよ!」


でも骨には気を付けてね?と付け足して、彼は僕の隣に座ってもう一匹の魚を食べた。

今までにない対応で、僕は戸惑った。

一体これはどうすればいいんだろう…

とりあえず、彼に渡された魚を食べてみた。

食べてみた。

…食べた、食べた。


「………おい、し い。」

「おいしい?!えへへ、よかった!」


僕の呟いた言葉に反応して、喜んだ?

僕が『おいしい』と言ったのが嬉しいのか、彼はもっとお食べと笑顔で魚を差し出してくる。

やさしい、優しい。

こんな人を僕は知らない。

この人は天使か、神なのか。

眩しい。


「あのね、猫ちゃん!これ食べたら、僕のお家行こうね!お姉ちゃん達に飼って良いか聞かなくちゃ!」

「おねえさま…?」

「うん!あのね、あのね!」


僕は何も聞いていないのに、彼は嬉しそうにお姉さんの話しを始めた。

…飼って下さるんだ。


この天使の様な男の子が、今度の僕のご主人様。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?