見出し画像

とある医者と娘の話

 
あれは7年前。
小さくも大きくもない町で手前は腕のいい医者をしていた。
 
町の人のどんな怪我も病も診てきた。手前の手で治せない病はないと誰もが口にしていた。
そんな名誉も嬉しくもなんともないモンで、手前にはもっと知識が必要だった。
 
たった1人の、不治の病を持った患者の為にも。
 
そいつは、9歳の幼い女の子で手前がつい最近、偶然この子を拾った。
きっと、病院をいくつも回ってダメだった、諦めた両親が捨てたか…
酷く衰弱していて、喀血した痕もあり急いで集中治療室に駆け込んだ。
それでなんとか一命は取り留めたものの、その子の目は…生きていなかった。
 
保護して、一緒に病院に通わせ、怠る事無く検査をした。
女の子の名前は【ほたちこ】彼女はとても大人しい子供だ。
…【大人しい】と言うよりは…きっと、【諦めている】。
この子は、自分の命が短い事を悟っているに違いない。
 
 
「ほたちこ。変わりはないか。」
 
「ない。」
 
「そうか、じゃあ今日も検査するから、おいで。」
 
 
そうして、黙って付いてくる。
飽き飽きしているだろうに、今すぐ此処から抜け出して遊びにでも行きたいだろうに。
こんな病気で何処にもいけない、何処にも行こうとしない。
大方、両親か別の医者にきつく禁止でもされていたのだろう。
ほたちこは、どんなに寂しい思いをしているか、拾った手前には検討もつかない。
手前はこの子が普通の子同様に動けるようにしてやりたい。
遠くに出掛けさせてやりたい、思いっ切り遊ばせてやりたい。
その一心で、本に資料、あらゆるデータを掘り起こして寝る間も惜しんで全てを頭に叩き込んだ。
 
読み漁った資料、データの中にあったナソードの技術が、手前の芯に火を付けた。
これを手前の知識で上手く作り上げられれば、ほたちこを助けられる。
盲目的に過信、確信していた。
 
そして、2年が経ったある日。
 
 
「ほたちこ。今日は………」
 
 
ほたちこが、床に倒れていた。
これまでも発作は何度もあった。
血を吐く事もあった。
 
…それでも直感で、ほたちこが死んでいる思った。
 
ただ、そうだとしても手前は医者だ。
今ここでこいつを死なせる訳にはいかない。
なんとしてでも生かしてやりたい。
 
手前はほたちこの身体のダメな部分と、様々な病気のデータを照らし合わせて、独自の医療用ナソードの部品をこの2年間ずっと作っていた。
もう、この手しかないと頭がそれで一杯になり、ここで…一番大切な事を、手前は忘れていた。
 
 
「先生?!しかし、それはあまりに危険です!」
 
「医療にナソードを使うなんて前例がありません!!」
 
「使わなきゃ患者が死ぬ!!!一刻を争う中で講義をするなら出て行け!!!」
 
 
世間に、誰になんと言われようと構わなかった。
とにかく目の前の患者の命を救おうと、ただ必死だった。
ほたちこの身体が弱っている為に長くはしていられない。
手前は手前の頭にある全ての知識をほたちこに注ぎ込んだ。
 
………手前の計算は、完璧だった。
 
手術は成功し、手前は数日しても目を覚まさないほたちこを家に連れて帰って付きっ切りで診た。
しばらくの間生死の堺を彷徨ってはいたが、それから数日、意識は正常に取り戻された。
 
だけど
 
 
「……………」
 
「ほたちこ、分かるか?」
 
「………リィ………リ…」
 
「そうだ。ほたちこ。オマエさんは生きてるよ。しっかり生きてるよ。」
 
 
ほたちこは信じられない顔で手前を見て、手前は手術にナソードを使った事を話した。
 
 
「…ぼくを、ナソードにしたの………?」
 
「少しだけだ。オマエさんは人間」
 
「何てことするの…何で助けたの、なんでぼくにかまうのぼくを助けたの僕は死にたかったのに!!!」
 
 
耳を疑った。
 
 
「なんであんなに苦しい思いしなくちゃならなかったの?僕は悪魔なの?」
 
「ちが…」
 
「機械になったなんて生きてるうちに入らないよ!!!!!!!」
 
「違う!お前は完全なナソードじゃない!!!」
 
「嘘だ!!!!!!」
 
 
手前の横をすり抜けて部屋を飛び出した。
嫌な予感しかしない。
止めなくては。
 
手前はほたちこの後を追って捕まえた。
 
 
「ほたちこ!聞け!!!」
 
「いやッ!!大人なんて自分が結果残したいだけなんでしょ!?だから勝手に僕を機械にしたんでしょ!!!!!」
 
「、   …」
 
 
言おうとした言葉も吹き飛んだ。
手前の手を振り切って、ほたちこは更に逃げた。
………もう、追えなかった。
…そうだ。手前は、ほたちこに何も伝えなかった。
患者の有無を何も聞かなかった。
 
完全に……手前のミスだ。
 
力が抜けて握り拳も握れない。
放心して、そのまま地面に膝を付いた。
口からほたちこの名だけが零れる。
 
 
「ほたちこ………ちこ………たの……頼む………」
 
 
じわりと、目が熱くなる。
 
 
「しぬ、な………頼む、死ぬな、死ぬな!!!!!生きろ!!!!!!!!!!」
 
 
聞こえなくてもいい。
声の限り叫んだ。
生きて、生きていて欲しい。
頼むから、死んでなど欲しくない。
 
計算も技術も完璧、全て成功だった。
それでもただ一つ、手前は全て患者の為だった事を建前としていたんだ。
助けたかったのは真実。
試したかったのも事実。
なんて最低な医者だ。
 
 
…これは手前の医者人生で、最も深く、最大、最悪の失態。
 
 
-----------------
 
 
あれから3年。
手前は今でも医者を続けている。
あの後すぐに現場へ戻って1人でも多くの患者の命を救おうとスタッフと共に努力をしている。
 
…医者は、1人の患者の感傷にいつまでも浸っていられない。
 
……分かっているんだ。
それでもただ、ほたちこを探したい。
生きていると信じてあの子を探したい。
…半ば、探しに行く事は諦めかけてもいた。
 
しかしある何の変哲もない日。
何があったかは分からんが、魔物共が町に傾れ込んで来た。
手前が守ろうとした町の命は魔物が去った後には全て消えた。
…でも、不思議と悲しいなどと思わなかった。
 
1人で立ち尽くして、何故だか洗われた気分だった。
 
なんと言っても、この町は消えた。
私が居る意味もない。
と、言うことは手前は
 
 
「………探しにいける…」
 
 
ようやく、あの子を探しに行ける。
 
手前は手早く必要なものを掘り出して、掘り出した鞄に使えるであろう物を詰め込んだ。


 必ず、見付ける。
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?