とある親子の始まりの話
「おとうさん!」
毎日聞いていた、愛しい息子の明るい声。私は「なんだい」と振り向くと、子供らしい絵で、自分の住む街の風景と、笑顔で手を繋ぐ自分達と母代わりをしてくれた我が妹。
「あぁ、とても上手だね」と褒めると、息子は嬉しそうにその絵を私にくれた。
…今でも、宝物だよ。
『―――異常ヲ見ツケタ。』
――あぁ…神よ…
「ぼくが、一人で…?」
「そうだ。父さんと強くなる訓練をしただろう?」
「う、うん…でも、だけど…」
「大丈夫。父さんと母さんの子なんだ…お前は、強い子だよ。」
本当に、すまないと思っている…少し大切に育てすぎてしまって、臆病で泣き虫で…私の後ろに隠れて中々出てこないような子だけど、母に似て、太陽のような温かな笑顔と、共に居ると穏やかにしてくれる…この子は、やれば出来る。
この子には秘めた力がある。何事もない…自分の身を守る程度、その力が助けになるくらい構わないだろう。
「ルーベンに居るお前の本当のお母さんとお姉ちゃんは、きっと、すごくすごくお前に会いたいんだ。だけど、父さんは暫くお仕事で遠くに行かなくちゃならない。
だから…一人でルーベンまで、行っておいで。」
…この子の母は、人間と恋をしてエルフの世界から追い出された娘で、人間の世界で一人の娘を必死に育てている人だった。彼女は全てを奪われ貧しい暮らしを強いられていたが、健気で、とても逞しい人だった。自分のプライドも恥じも全てを売り飛ばし、娘を育てる為に少しでも多くのお金をと必死で働いていた。その母を見て育った娘は本当にしっかりとしていて、どうにか母を楽にしてやりたいと自分もせっせと働いていた。
そんな親子に、私は惹かれた。
私が彼女に声をかけた時には、母は病に伏せ、娘が家事をして、一人、男の子が居た。彼は娘と同い年で家がないと言うので引き取っているのだと聞いた。私は、彼女に自分の力をあげようと言った。そうすればきっと、貴女は元気になれると。…しかし、彼女はそれを拒んだ。
「これは、当たり前の事だからいいのよ?まあ、確かにくくにゃにもロホくんにも大変な世話を掛けるけど…私は、このままでいいのよ。」
…そう、知っていた。分かっていた。彼女が、こういう方だという事は…だが、彼女はあまりに不憫だ。顔に出ていたのか彼女が再び口を開いた。周りの言葉だけを聞けば、それは"不幸"と思って当然だ。だが、自分達が"不幸"ではなく"幸福"だと思っているのに、そう言われるのはとても妙な気分だと。周りに言われて自分が不幸だと思い込むのは間違っていると、彼女は素敵な笑顔でそう言った。私は、少しでも彼女達が楽になれるようにと、ありったけの金額を渡した。
…そして暫くしてから、私の子…シルクが産まれた。
彼女達だからこそこの子が産まれた。この子に私が、どれだけ救われていた事か…半端な魔族である私を、一時も軽蔑せずに向かい合ってくれる彼女から産まれた愛しの息子。…私の子にしてしまって、魔族のクォーターとして産まれて来てしまったこの子に、本当に申し訳ないと思うが、これは彼女も望まない考え…私は、申し訳なさを全て愛に変えて…この子を育てた。
この子を、ようやく彼女達の元へ返す絶好の機会だとも思った。
「…うん、ぼく、がんばる!ぼくだって、お父さんみたいに、強くなるね!」
素直で、いい子に育ってくれたよ。
これで彼女達の元へちゃんと帰れれば、この子は本当に幸せになれる。
…なれる、筈なんだ…
―――知らなかったんだ。
彼女が、亡くなっていた事を…
シルクは長い、長い旅をした。
何度も転び、怯え、泣いて私達に助けを乞う。
…すまない、すまない…
私はもう動けない。
あの子を助けに行ってあげられない。
――シルクを見送ってすぐ、私の力は急激に暴走を始めた。
私は自分の力をどうにも出来ずに周りの物を見境なく吸収し、力へと変換していった。自分の片割れさえも自らの力にして、どうにもできないまま…私は、周りの物全てを喰らい尽くした。そして膨らみ続ける私の力を、神が私の意識ごと封印し、今は真っ暗な、冷たい鎖に縛られたまま…眠っている。
ただ、微かに意識だけがちらりと目覚める事がある。その時、真っ白い不思議な青年を見る。…彼はいつもこう言う。
「あの子は無事だよ。」と…
それだけを聞いて、無性に安心を覚えている。ずっと、もうずっとずっとこうしている。
きっと私は、この先目覚める事はないのだろう。
目覚めたら、きっと全てを呑み込んでしまう。
それが解っているから
私は、これでいい………
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