愛しか聞こえない男の話


私は、生まれ付き耳がよくない。
領主の息子として生まれながら、日常会話すらも意識をしなければ耳に入っては来ない。
突然の事には到底対応が出来なかった。
その為、幼い頃からお見合いの話が絶えなかった。
しかし現れる少女は皆自分の作ったいい性格ばかり…
誠に美しい心の方も居たけれど

「   …、お初………  ござ  」


聞こえない。


「…お引取り願います。」
「この子も気に入らないか…?とても器量のいい娘ではないか」
「  スィ  ま、  の  ……で   」
「貴女の声を聞き取るのは、容易ではありません」


『お断りします』


こんな方ばかりだ。
中には私の耳が遠いのをいいことに地位を狙うヒステリックな雌狐も居た。
両親は懲りもせず相手を探してきてはお見合いを繰り返していた…
私も女性に会うのも飽き飽きしていた、そんな16歳のある日


「ヴィスィー、何故尽く見合いを断るんだ」
「父上」
「お前は耳が悪い、早いうちにいい嫁を見付けておくんだ」
「貴方達でも多少声を張らねば聞こえぬ私の耳に、彼女達の声が届くとお思いなのですか。」


両親も苛立っていた事でしょう。
私もどうかしてしまいそうでした。


しかし


「始めまして領主様、この度はうちの娘とのお見合い、承諾して下さってありがとうございます」
「いえ、こちらこそお相手に苦労をしている身故…ありがたいお申し出であります」


親同士のそんな挨拶をする姿にも飽き飽きして、後ろにいる彼女に目を向けてみると…
彼女も乗り気ではない様子で、丁度そっぽを向いて美しい姿で大きなあくびをしていた。
これまでにはいないタイプの女性でした。


「さあ、こちらに腰をお掛けください。」


こちらの親がそう言った次の瞬間…


「断る。めんどくせぇんだよ、帰る」
「こ、こらリィン!」


私の身体に染み渡る、美しい、凛とした声。
さっさと背を向けて帰ろうとする彼女を引き止めようとする両親よりも先


「この人がいいです」


そう、言っていた。
彼らが驚いているのもよそに、私は彼女に駆け寄り力いっぱい抱き締めた。


「はあ?!何言ってんだてめっ…離せ!」
「痛っ」
「リィーーーーーーン!!!!!!!!!」


あぁ、聞こえる。凛と、美しい声が。
叩き剥がされてしまいますが、私はすかさず彼女の手を取り両手でしっかりと握り


「知っての通り、ヴィスィーと申します。貴女様のお名前を、是非そのお声で…」
「なんっだよお前…!チッ リィンアリーヤだ。」
「リィンアリーヤ…!」
「長ったらしい!フルで呼ぶなリィンでいい!」
「リィンアリーヤ…なんて美しい名でしょう…!」
「っだあああ人の話を聞けぇ!!!」


聞こえています、聞こえていますよリィンアリーヤ。
貴女の声だけが、静かで味気ない私の世界に鈴を鳴らしたのです。
握っていた手も乱暴に払い退けられてしいまいました。
後ろでは、彼女の両親が手癖の悪い娘で申し訳ないと頭を下げている。


「手厳しいですね、リィンアリーヤ」
「フンッ」
「お話を致しましょう」
「はぁ?」
「お声を、その美しいお声を…どうか、私に聞かせくださいませ。」


運命の相手だと、確信をしたのです。


それからは毎日のように彼女に会いに行きました。
彼女には毎回鬱陶しいと追い返されてしまいましたが、それでも彼女が好きで私は何度も話し掛けプレゼントを持ってデートの誘いもいつもの事。
断られても貴女と共に居られる時間が幸せでした。


「ケッ…とんだロマンチストだな」
「そうですね、貴女とこうして居られるだけで本当に幸せです。」
「はぁ~…そういうのはそういうのが好きな奴に言え!寒気がすらあ!」
「では上着をお貸ししましょう」
「いらねえよ!ほんっとにお前婚約相手間違えてんぞ!」
「間違えてなどいませんよ?リィンアリーヤ、貴女が私の妻に相応しい女性です」


本当に、私には貴女しか居ないのです。
貴女は、私の世界に音を響かせた…
皆が声を張らねば聞こえない私の耳に、貴女の声だけは…


「勘弁してくれ…」


溜息と共に零れたような言葉でも聞き取る事ができる。
それが…どれだけ喜ばしい事か…


「私の事はお嫌いですか?」
「うぜぇ」


嫌いでも構わないのです。


「いいのです。それでも…」
「…」
「私の世界は、貴女の声でしか届かないのですから」


途切れ途切れの言葉ではない…
はっきりとした言葉。
それを私に教えてくれた初めての声。


「もっと居ただろ。」
「何がです?」
「領主の息子のお前にお似合いの大人しい娘なんざそこらにごろごろ居んだろ」


きっと、貴女はどんな方にもその声を響かせる事が出来る人。


「知っておいででしょう、私は生まれ付き聴力がいいとは言えません。貴女の思うような女性では、聞こえないのです。」
「…信じられねぇな。じゃあ何故私の声は拾えるんだ。」


疑問に思うのは当然でしょう。
しかし、彼女は分かっている。
私が領主の息子であるように
彼女は、天才医師の娘。
憎まれ口を叩いてもきっと、彼女は人に愛される。
愛されるが故に、愛に飽いている。


「リィンアリーヤ。」
「あ?」


私はまず貴女の声に心を奪われ


「愛していますよ」


素っ気なく憎まれ口で本気の本音でぶつかる


「もう聞き飽きた」


リィンアリーヤに惚れました。


それから1年後。
彼女は家を出ると言い婚約を破棄すると申し出に来た。


「私はあの家の人間じゃなくなる。話にならねぇだろ?」
「そんな…!リィンさんはまだ若いのに無茶よ!」
「せめてうちで暮らしなさい。それなら婚約を破棄せずとも」
「意志は変わりません。私はベルダーから出ます。」


必死に引き止めているであろう私の両親。
私は悲しくないなど思う筈もない。
寂しくて今にも死んでしまいそうだ。
…だけど、彼女の眼はいつも


「子供の勝手な慢心だと思って頂いて結構です。」


暖炉に揺れる炎のような瞳。


「私は上を目指しています。これ以上ここに居ても私は育てない。そう判断したまでです。」


強く暖かい、揺れない炎だ。
彼女の意志は固い。
私が引き止めた所で…無意味。


「リィンアリーヤ。」


私が言えるのは


「…いってらっしゃい」


これだけです。


「ヴィスィー」
「なんですか」
「ねぇとは思うが、今度会う時にゃてめぇの耳くらい治せる医者になっててやるぜ。」
「ー…それは、楽しみですね」


…そう、彼女は約束をしてくれた。
彼女の口から「約束」とは出ていないけれど、あれがリィンアリーヤの約束。
両親が行かせてしまってよかったのか、今ならまだ間に合うかも知れないなどと言っている。


「最初から、引き止める事など出来ませんよ。彼女はそういう人です。」


今度…今度会う時までに、私は貴女が筋が良いと勧めて下さったこの剣を…

貴女の為に極めましょう。


ーーーーーーーーーーーーーー

あれからどれだけの月日がたったのでしょう?

このベルダーは戦火に包まれ戦力を欠いた国は、私の剣の腕を見込んで兵を率いて欲しいと要望があった。
こんな耳の悪い私では力不足でしょうと断るものの、彼らも人手が欲しい身。


「皆貴方の腕前がどれ程素晴らしいか知っております!ヴィスィー様ならば異論はないと全員の同意も得ております!どうか、我等にそのお力を貸しては下さりませんか!!!」


同意があるのなら仕方がない、足手まといにならないようにする他ない。
…何より、この国を守る為。
死ななければいい事。
この戦いはさっさと方を付けてしまわなければ今以上の犠牲を払う事になる。
私が魔族を後退させれば、勝機はある。まずは周りの雑魚を無視して、奴らの将に手傷を負わせる事が先決。


「将は私が必ず落とします。貴方達は魔族の数を少しでも減らす事に専念して下さい。」

「そんな!ヴィスィー様!それはあまりに危険です!」
「ええ。ですが来る魔族を順に倒すなど、相手に絶好の好機を作っているも同然。行ける者が将を叩きに行かねば私達に勝利はありません。」


私が勝てる保障はない。
それでも今のこの兵力では私しかいない。


「周りの音は聞こえるのですかヴィスィー様」
「…」
「ヴィスィー様!」
「ああ、すまない。」
「…聞こえては、いないのですね」
「…すまない。この轟音の中で君達の声を拾うのは出来かねるよ」


皆が不安に思うのも無理はない。
だが


「私は必ず勝つ。」
「…何故言い切れるのです」
「迎えに行かなければならない、私のシンデレラが居るのですよ。」


彼女の為に極めたこの剣を、彼女の為に振るい、彼女に再び再会するまで


「私は死んでも死に切れませんよ」


その為だけに、生きている様なものです。
私がどんな姿になっても、生きて貴女に会いたい。
本当に、私の願いはただそれだけ。
進軍してくる魔族をなぎ払い、将を炙り出し倒す。

倒せるのは私しかいないのです。

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