見出し画像

やねだん

 鹿児島県鹿屋市串良町の集落の一つに、柳谷がある。九州弁で『やねだん』と呼ぶ。人口300人ほどの小さな集落の公民館長豊重哲郎さんは、この地で生まれ高卒後東京の銀行に勤めたが、学歴社会の現実を突きつけられて、故郷に戻った。55歳の時それまで65歳以上の人が輪番で務めていた公民館長の役を、突然任せられた。長老の声がかりではあったが、選挙でも大多数の票を得た。「なんとかしたい」ではなく、「なんとかするぞ。みんなも一緒にレッツ, トライ」の気持ちだったという。人を動かすのは感動しかない、と思った豊重さんは、母の日、父の日、敬老の日に、故郷を離れている子どもたちからのメッセージを、有線放送を通じて流した。感動が少しずつ広がり、共有され、人々は次第に繋がっていった。『わくわく運動公園』造りには、村にある材料を使い、みんなで汗を流して働いた。
 次にはサツマイモ作りに取り組んだ。それぞれの仕事には、村にはその道のベテランがいる。校内暴力事件が起きた時には、『おはよう声掛け運動』を提案した。「子どもがあれた根っこには、親や地域や学校が、子どもの叫び、行動を、見て見ぬふりをしたことがあったからだ。今日からでもまず集落の子どもたちの顔と名前を覚えていこうじゃないか」ということだった。続いて『寺子屋』を始め、5年生以上の希望者を集めて元教師たちが指導に当たった。「教育とは他人の子どものために涙を流すこと」と話す。だが人口の減少だけはどうにも解決できない。次の目論見は、若者を増やすことだ。アーチストを村に招くこと。改装された迎賓館に画家、写真家、陶芸家が入った。村の人たちは、「芸術だけで食べていくのは大変だろうに」と野菜をおすそ分けし、子どもたちは、朝一番に10人も集まって「やねだんへようこそ」と歓迎したそうだ。
 焼酎を作ったり、見学に訪れる人のお土産購入などで得た収入は、ボーナスが出せるほどの余剰金となった。一昨年に続いて昨年もボーナスを出そうとすると、集落の人たちは、口々に「ボーナスはいいから、お年寄り全員にシルバーカーをプレゼントしよう」ということになったそうだ。人が人を大切に思うその人の輪が元気を生むという。年寄りは年寄りでできることで参加し、3歳から70歳80歳までが参加して集落を活気づかせている『やねだん』は、決して夢物語ではない。        (H20.12.7)

               追 記
これは20年の12月頃に見た記事だが、その後『やねだん』はどう進化しているだろうか。何か新しいことを始めようとすると、反対意見があるものだ。やねだんのようにみんなの意見が一致してことが進むのは、リーダーの人徳だろうか。リーダーへの信頼の深さからくるものだろうか。すばらしいことを成し遂げたと思うのは私だけで、やねだんの人々は自分たちが素晴らしいことをしているなどとは考えてはいないだろう。ただ自分たちで選んだ道を歩いているだけだろう。楽しく、笑顔で。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?