ゆきえ

37年間仕事一筋の生活から解放されたときには、後期高齢者になっていました。PCなどとは…

ゆきえ

37年間仕事一筋の生活から解放されたときには、後期高齢者になっていました。PCなどとは縁のない生活でした。ふとしたことからPCに興味を持ち、最近日記を書いたり、知人へのハガキを写真を入れて送ったりして楽しんでいます。

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最初の投稿は

初めての投稿は思い出深い猫の話を書こうと思ったのだが、少し重たい話になってしまいそうなので、私の息子で次男の話を書こうと思う。 5月15日、間もなく次男の誕生日がくる。毎年何もしてやれないので、『おめでとう』のメールだけでも、と思って送信している。48歳になったと思うが、子供の年齢も覚えていられないほど年数が経ってしまった。  生まれたときは3080gしかなかった。長男が3700gでしっかりした赤ん坊というよりは普通よりは子どもという感じで生まれてきたので、小さくて心配なほ

    •       磐梯山の高さが

       磐梯山は、1819m、富士山は3776mと、長い間疑いもせずに頭の中に入れてきた。正式には、磐梯山は1818.61mとされ、四捨五入して1819mを使ってきたそうだ。ところが衛生利用測位システム(GPで測量し直した結果、2.32m低くなっていることが分かったそうだ。 磐梯山の測量が行われたのは、1888(明治21)年で、それから100年も経っている。当時と現代の測量技術の違いを考えても、20cm程度の誤差は考えられてもこれほど大きな差が出た例はあまりないという。国土地理院東

      •     「く」の字をすて

             かんしゃくの くの字を捨てて ただかんしゃ という文を読んだ。本当に『く』の字が入るか入らないかで、まるで違う言葉になってしまうのだ。何かいつも心の中にいらいらするものがあると、つい言葉に態度に余計なとげが出てしまう。癇癪持ちではないと自分では思うし、それほど癇癪を起すこともあまりない。毎日の暮らしの中で全く人とかかわらないで暮らしていくことはできない。その関りもふとしたことで重いものになってしまうこともある。その時にどうかわしていけるか、その時にどんな言葉を交わし

        •    予知できれ

           小泉八雲、外国に生まれ育ったのに、日本を愛し、日本に住み、日本の古い話を美しく書き残した。「耳なし芳一」の話は有名だが、芳一が平家の霊に連れられて琵琶を演奏するというところで、大きな門の前に着くと、「KAIMON,KAIMON」と案内役の武士が叫ぶ場面が印象に残っている。それは英訳された文だったので、英語で言っても不思議ではないのに、なぜか日本語の「開門」という言葉を使っている。そしてそれが重々しい響きで、暗い夜の大きな門の前でこだまする風景が心に残っていて、いつもその場面

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        最初の投稿は

              雪  獄

           雪のことを思い出していたら、雪について書いてある文に気がついた。      雪獄に たへて籠城沢内村 の一句が俳壇に投稿されたそうだ。沢内は岩手県内陸にある豪雪地区で、南部藩時代の『沢内風土記』には、家屋を埋めて降り積む雪を「天牢雪獄」と書いているそうだ。今は合併で西和賀町となったが、積雪が2mを超える地区もあるそうだ。近年は除雪の体制もよくなり、昔のような苦労はなくなったというが、家全体を包むほど積雪は「天牢雪獄」そのものだろう。  雪を「天からの手紙」と言ったのは、雪氷

              雪  獄

              不思議な木のはなし

          人の悲しみや泣き声を聞いて育つ木があるという。沖縄にあると那覇生まれの詩人山之口獏(ばく)さんがかいているそうだ。   木としての器量はよくないが 詩人みたいな木なんだ いつも墓場に立っていて そこに来ては泣きくずれる 悲しい声や涙で育つといふ 「世はさまざま」という詩の一節だそうだ。本当にあるのかどうかは分からないが、沖縄にあるといわれると、なんだかありそうな気がする。  本土決戦と状況も考えず息巻く軍部の犠牲になって、第二次

              不思議な木のはなし

               朝のひかりに

           いつものことながら朝カーテンを開けると、東の方のいろいろな形の屋根に区切られた空の下の方が、かすかにオレンジ色に染まっている。ああ今日もお天気がいい、と思うとなんとなくほっとする。雨も嫌いではない。勝手な言い分だが、適当にしとしとと雨が降る日は、気持ちが落ち着く。そんな日は雨を見ながらぼんやりしているのも好きだ。だがそんなささやかな希望さえも、長い間叶えられなかった。ただただ仕事に追われていた。背負いこまなければすむのに、自分で仕事を作って自分を追い込んで苦しむような日は多

               朝のひかりに

               漢字は

           漢字は物の形からできたというが、見かたによっては、小さな絵に見えるという文があった。  川柳に「膝だけば 哀という字に 似てしまう」という矢本大雪という人の句があるそうだが、言われてみると本当にそんな感じがする。広島市の小田優子さんの歌に   「かなしい顔している字」だと言いながら 幼は半紙に<谷>と書けり というのがあるそうだ。下がった眉の下に横開きの口、べそをかいているように見える。するとこの漢字を姓に持つ谷チイ子さんから   書きようで 笑顔にもなる<谷>の字を 嫁ぎ

               漢字は

          ヤマタチバナとは

           冬は、殆どの植物が葉を落とし、枯れ木、枯葉だけが目につく。枯れて何も活動していないように見えるが、その枯れて何もしていないような木の根や葉の付け根では、すでに新しい命を生み出すための活動が始まっているのだろう。そう思うと寂しい風景にも希望の灯りが期待できる。だがやはりこの季節は寂しい感じが強い。その中で唯一鮮やかなのが『ヤマタチバナ』の実だ。『やマタチバナ』というとなにか珍しい植物のように思えるが、どこの庭にでもある『ヤブコウジ』の古い呼び方なのだそうだ。 この雪の 消(け

          ヤマタチバナとは

                山での挨拶

           登山道ですれちがうときの挨拶について書いたものを読んだ。山のマナーともいわれ、挨拶のついでに、目的地までの距離や道の状況などの情報を教え合うことも、楽しく役に立つことだ。たくさんの人とすれちがうとき、いちいち挨拶するのが面倒だと省く人もいるというが、どれが良い、どれが悪いと決めるわけにもいかないことだから、しかたのないことだろう。  ある山岳ガイドが関西から訪れた客を案内して磐梯山に登ったときのこと、本県人の夫婦ずれに出会ったそうだ。一行が県外人と聞かされると、「福島県に来

                山での挨拶

            解明したいことは

           「問うことは知ることの始まり」という言葉がある。全く知らないと、質問のしようもない。よく世間の親は、「先生を困らせるほど質問してろ。」と言っているのだというが、先生を困らせるような質問ができるほど自分の子どもが勉強していると思っているのかと考えながら聞いていた。 ソクラテスは、「知らないことを知っていると思い込んでいる人よりも、知らないことを自覚している方は賢い」と説いているそうだ。質問しても答えの出ないことを自分に問いかけている人もあり、人類にとっては難問といえるこ

            解明したいことは

              柿の実は鮮やかだが

           通勤電車の窓から、点在する柿の実が鮮やかに見える、と書いたものがあった。12月の初めに書かれたものなので、その柿は獲られることはなく、そのままにされる柿だろう。会津では、どこの家でも畑の周辺に柿を植えていた。甘柿もあったが渋柿もあった。秋が深まってくると、子ども達は柿の木の下に行って柿の実の色づき具合を見る。青いものはさすがに手を出さないが、だんだん赤みがさしてくるともぎ取って試食する。まだ頂点は甘いが、下の方は渋いのが殆どだ。今のようにいろいろなお菓子などないその当時は、

              柿の実は鮮やかだが

              バターを塗ったパン

           アンデルセンの「絵のない絵本」のことは、よく耳にしたり目にしたりするが、まだ全部読んだことがない。お月様が空から見たり聞いたりしたことを、夜毎に話して聞かせるというそれだけでも優しい感じのする物語。その中の33夜は、女の子が眠る前に「日々のパンを与えたまえ」とお祈りする話だそうだ。祈りの後、こそっと言った言葉を母親が、「何て言ったの。」と聞くと、「お母さん、おこらないでね。」と小さな女の子は言った。「あたし、お祈りしたのよ。パンにバターもたくさんつけてくださいましってね。」

              バターを塗ったパン

               米の安全性

          『人生の最後に食べたいもの』にはいろいろあるようだ。『宇宙一の食いしん坊』を自称するよしもとばななさんは、『おむすび』だという。その他の調査でも『ごはん』『にぎりずし』が上位に入っているそうだ。どんなにおいしいものが溢れていても、日本人にとってはやはり米、ご飯というものは切り離せないということなのだろうか。コメ離れと言われ、パンが主流のように言われるが、一部の人にとってはそうであっても、全体的にはコメとは離れられないのが日本人なのか。毎日の食事の支度でも、まずご飯の残量を調べ

               米の安全性

                 幸せとは

          テレビのコマーシャルの中に、「幸せって何ですか」と問うものがある。 長崎県諫早市の72歳の高校生久保ツネ子さんが、大学に合格し、社会福祉学科に進んだ。若いとき家が貧しくて高校に行けなかった。「新しいことはなかなか覚えられません。 ・・・でもいいのです。先生方が教えてくださることを一生懸命自分の頭でかみしめながら聞いている、それだけで嬉しいのですから。」と作文に書いている。  津波で大黒柱を亡くした相馬市の一家5人が、家族写真に納まった。「夫がいなくなって寂しい。でも出来上がっ

                 幸せとは

                開戦記念日に

           言われて気が付ついたが、今日は太平洋戦争開戦の日。一途に上部からの命令に従って「欲しがりません、勝までは」と唱えごとのように言ったり、竹やりで敵が攻めてきたら突く訓練をしたり、バケツリレーで爆撃されたところに水をかける訓練をしたり、と今考えると見当違いなことをしていた。日本の国を守るためにと言われ、末端の我々は勝つか負けるかなど考える余裕もなかった。余裕がないというよりも、考えることを許されなかったというべきか。鬼畜米英と思いこませられ、朝鮮人は卑しい人種と思いこませられ、

                開戦記念日に