なんでもないような事が

なんでもないような事が幸せだったと思う。
今日はなぜか頭にそのフレーズが浮かんできて
仕方なく一日中虎舞竜のロードを聴いていた。
途中三船美佳の結婚当時の年齢を考えて複雑な気持ちになったりもしたが、曲に罪はない。

思えばその通りだった。
一緒にいることに一切の疑いもなく、一緒に歳を取り、ずっとそばにいると思っていた。
毎日太陽が昇るとか、夜が来たら眠くなるとか、そういう次元で信じ切っていた。
目が見えることや耳が聴こえることと、一緒にいることは同じくらい、僕にとっては普通のことだった。

幸せだった。
一緒にいた日々は幸せの一つの完成形だったように思う。
君がいなくなってしまってからは、無間地獄のようだった。

もしもタイムマシンがあったら。
タイムリープができたなら。
現時点では到底叶いもしない、つまらない非現実的な事すら何度も考えてしまうほど、別れは唐突だった。
毎日が右回りで進んでいく。
それなりに忙しかったはずだが、その頃のことをあまり覚えていないのは、時計の針に押されるようにして無理矢理歩いていたからだろう。

でもそのしばらくあと、無限のように感じた地獄にはちゃんと出口があって、かわいい女の子も授かり、僕はまた幸せを得る事ができた。
今の僕は紛れもなく幸せ者だ。
一通りの楽しい事も経験したし、幸せの完成形もみた気がする。
決して死にたい訳ではないが、もし今突然死んでも、僕の人生は良いものだったと自信を持って言える。
タイムマシンはもう、必要ない。

あれからそれなりの年月が経った。
今でも寝付けない夜は、月並みな後悔と、君が突然いなくなってしまったあの時の恐怖が、呼吸器を締め付ける。

愛していたが、愛しきれていただろうか。
愛してくれていただろうか。
未来のことを考えて叱ったりなんてしないで、ずっと優しくしていればよかった。
もっとたくさん言葉にして、たくさん遊んであげればよかった。
最期、僕らの声は届いただろうか。
君は怖かったかな。
君も悲しかったかな。
君がいなくなった後に産まれた君の妹は、元気に育ち、君のように賢くて、どことなく顔つきも似ている。
僕は幸せだ。
比べることはできないが、君がいたあの頃と同じくらい。

あんなに辛い出来事はきっとこの先そうそうなくて、でももうそんなことも信じられないくらい、僕はいつも怯えている。
いつかまた僕の子どもが、突然この世からいなくなるのではないかと。

僕は毎日を楽しく過ごす術を知っている。
幸せの正体もわかっている。
でも君がいなくなってしまった今日この日だけは、僕は自分をコントロールする事ができない。
大きな幸せの裏には、大きな不幸が潜んでいる。
愛してしまったことを後悔しないなら、喪失の恐怖と悲しみを覚悟しなければならない。
でも僕は、君の親になれてよかったよ。

五歳で未来を突然奪われた君。
あと何度、夢で会えるだろう。
僕の人生は長いだろうか。

2023.10.04
また一年が経った。
この日だけは悲しみから抜け出すことができない。
偶然目にしてしまった人には申し訳ないが、明日には綺麗さっぱり、元の僕に戻れるはずだ。
この悲しみと夜の長さははいつも、一人では抱えきれない。

薫る線香。
今頃君は何歳で、きっとこんな少年だったかな、なんてもう想像できないほど、長い時間が経ってしまった。
君の好きなものたちはとっくに世間から消え、僕の記憶からも消えつつある。

君が消えてしまって、僕の中から著しく消えたものが一つある。
それは寂しさだ。
最近では随分と他人が好きになったが、結局のところ、もう二度と会えなくてもたぶん僕は平気だ。
例えどんなに好きな人だったとしても。

それはその人のことを軽んじているわけでは決してなくて、その人と過ごしたひとときの思い出が、不可侵で絶対的でとても大切なものだからだ。
また会いたいという気持ちはもちろんあるが、揺るぎなく美しい思い出を繰り返し食べることで、とりあえず生きることはできる身体になってしまった。
だから、会えなくて寂しいなんて思うことは、もうない。

嘘かな。
やはり愛することが怖すぎるんだと思う。
もう二度とあんな苦しみを味わいたくないし、愛する存在が少ないほど、そのリスクは抑えられる。
そういう意味で、好きと愛には天地ほどの差がある。
人は好きだが、愛していない。
たった今愛の正体がわかった。
愛とは自分の半身だ。

君の死の瞬間の苦しみを自分のように感じるし、残りの半身の娘に何かあれば、僕はたぶん消えてしまうだろう。
自分の死と同じほどの恐怖、それで愛が確かめられる。

怯えて暮らすのは苦しい。
子どもは弱いから。
僕にできることは何もない。
この夜が自動的に過ぎるように、先に僕が死ぬのを祈りながら待つだけだ。

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