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あこがれの人

私には、あこがれの人がいる。ひとりは職場の上長。もうひとりはお稽古の先生。

職場の上長

私は、現在2年C組の副担任。竹中先生は2Cの担任かつ、私の所属する学科長。職員室のほぼ真ん中に、私と竹中先生は隣り合って座っている。
竹中先生は歩くのが早い。いつも踵の高い靴を履いているし、たまに踵の細い靴も履いているけれど、タスタスっと滑らかに歩く。
パソコンの画面に向かって集中している表情が多いけれど、たまに大きな声でしっかり笑う。今日は、弟さんのお子さん(甥っ子)の笑える言動を話してくれた時に、一緒に笑った。

竹中先生は、有休取得の相談をしたらいつも「いいですよ。」とあっさり承諾してくれる。「大丈夫ですよ。」と。
お仕事中に質問をしてもイやな顔ひとつしない。そして、手を止めて話を聞いてくれる。竹中先生は、不機嫌な時が本当にない。
情緒が一定。と表現するのが適切だと思う。

距離感の取り方が絶妙

私が特に心地よく感じているのは、監視してこないこと。監視という言葉は強すぎるけれど、仕事中竹中先生の一方的な視線を感じることがない。
例えば、お手洗いに行ったり、ライブラリに調べものに行ったり、お昼ご飯を食べに行ったり、パソコンで作業をしたりしているときに、(なんか、チェックしてきてる?)というような視線を感じることはありませんか。
後は、同僚との雑談の時とか。別に聞かれてもいいんだけど、そんなに耳澄ます?って突っ込みたくなる人。

1回や2回なら気にしないけれど、毎回となると「何?ちゃんとやってますよ。そんな疑わなくても」と言いたくなる。でも、竹中先生はそれがない。雑談が横で繰り広げられても、表情を変えず淡々と仕事をされている。
でも、時に雑談の内容によっては、自然に入ってきてくれて、めっちゃ笑ってくれる。

お昼ご飯は、手作りのお弁当をひとりで召し上がるし、生き帰りの道中もいつも1人。でも、職場のみんなから信頼されてるし、頼りにされている。
先日、休日の山登りにお誘いした。「先生、来月の日曜日支援部の●●さんと〇〇さんと山登りに行くのですが、もし良かったらご一緒できませんか。」と。断り方も華麗だった。
「足腰が不安だ」という内容を、5000字くらいの言葉を紡いで丁寧に説明してくれた。
誘ったことを後悔しなかった、悲しい気持ちにならなかった、でも今後気軽に誘おうとは思わなかった。(竹中先生は決して群れない)
きっと全て、竹中先生の思惑通りなのだと思う。ひとの誘いにすべて乗っていたら、体も心も時間も摩耗してしまう。かと言って、一匹狼感が強すぎると、職場は堅い空気になってしまう。絶妙だな~竹中先生。

習い事の先生

次は茶道の藤田先生。いつも着物をお召しになって、かんざしで髪を結っていて、目じりの皺が優しさを発している。藤田先生と出会ったのは、茶道を始めたいな~と思っていた時に知り合いから紹介。「とっても素敵な先生なんだけど、私は遠くて通えないの・・・」と。
本当に素敵な先生だった。知識が豊富で、穏やかで、姿勢も綺麗。

ひとつ、心に残っているエピソードがある。お椀に入れたお湯を建水に捨てるとき、誤って畳にこぼしてしまった。わたしなら、「あ!こぼれてる!こぼれてる!」と慌ててしまいそうだ。
藤田先生は、「建水からはみ出てるよ。」となんと優しいお声がけをしてくださったことか。他の門下生が雑巾やタオルやらを持ってきてくれている間、先生は座ったまま、懐紙でぽんぽんと軽くふき取るだけだった。私は、一つの区切りまでお稽古を続けさせてもらった。そして、手を止めて、「先生、本当に申し訳ございませんでした。」と言った。

とっさに出る言葉に人柄がにじみ出る

この後の先生のお言葉が、本当に素敵だった。「いえいえ、建水を置く位置が大切だって改めて知ることができたわ、どんなことも学びですねぇ」と。
とっさにこんな素敵な言葉が言えることに、感銘を受けたし、自分の未熟さを改めて感じた。わたしは、すぐにさわいじゃうし、嫌なことが起きると顔に出ちゃうし、態度にも出しちゃうし。

自分はできてるって思いたくなって、自身があるようにふるまってしまうけど、本当は全然まだまだで、伸びしろしかなくて(そう思うことで、やる気を出そうと奮闘中)
竹中先生と藤田先生に近づけるように、今日も心穏やかに、心清らかに参りたいと思います!
とりとめのない話を今日も書かせていただきました。ありがとうございました。

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