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「僕」を絶望させる「怪物」は存在しない。——櫻坂46『I want tomorrow to come』

現行センター組と次期センター組のジレンマ

人それぞれの好みはあれど、山下はやっぱり声がいい。本楽曲は静→動→静となっているけど、静=声、動=ダンスに対応しており、彼女の魅力を最大限に魅せるための“Made for 山下瞳月”の一曲となっている。
眠れない夜を過ごす山下・谷口・的野と灯をもつ藤吉・森田・山﨑、次期センター候補と現行センター組が対比される。関連づけにあんまり意味はないけど、谷口は森田に、山下は前作『自業自得』MVも対置されていた藤吉にリンクする。山﨑ポジションには、的野がのし上がってきた。
終盤、数珠繋ぎの螺旋のフォーメーションは『僕のジレンマ』の冒頭を想起させる。この主人公は季節を告げる風が来るたびに進むべきか止まるべきかジレンマに悩まされたが、ここでは三期生の時代を望むかまだ早いかの逡巡、といえるかもしれない。

矛盾する声が交錯する

1番の歌詞はわりと平凡な歌詞だ。ここに出てくる「僕」は欅坂・櫻坂を通してよく知っている彼だ。はじまりは、いつものパターンが繰り返されるという感じなのだが、2番に入ってからこの楽曲の本当の姿が見えてくる。藤吉のカットで1サビが終わり、2Aから灯りを手にした藤吉・山﨑・森田のシーンに遷移するが、ここから語りの主体は主人公の「僕」を離れ、さまざまな語りにバトンが渡される。

耳栓とアイマスクをつけたら おぞましい別世界
世の中のことはどうしても知りたくはなくなる

I want tomorrow to come

耳栓とアイマスクは強制的な眠りを意味する。「見ざる・(言わざる)・聞かざる」は『自業自得』などたびたび振りに入れられてきた所作だが、その意味するところは周囲に惑わされない強い自己を表すものだったと思う。本作では、文字通り自分と外の世界を遮断するシェルターとなる。「おぞましい別世界」とは、シャットアウトした外の世界=現実世界か。
続く「世の中のことはどうしても知りたくはなくなる」は変な言い回しだ。どうしても知りたいというほどではないけど、世の中とゆるく繋がっていたいぐらいの距離感だろうか。

夢を見ちゃえば いつか覚めてしまうものでしょう

I want tomorrow to come

これも前半と後半で意味がつながらない詞である。「夢はいつか覚める」という意味は伝わるが、それがいいことなのか忌避することなのか判断がつかない。この決定不能な状態は、おそらく藤吉・山﨑・森田が彷徨う、ゆるく遮断された自己の世界を指す。明日が来ない架空の世界とってもいい。それを切り裂くように向井のシーンが挿入される。彼女を照らす光源は何かのディスプレイの砂嵐で、外界との通信が切れている状態である。彼女は視線を上げ、問いかける。明日が来ない人生に意味はあるのか?

もし明日が来ないとしたら ねえ明日が絶望なら
もう 生きてる意味はないし いいことなんかありもせぬ

I want tomorrow to come

「ありもせぬ」と講談のような語りは、世界を俯瞰するメタレベルの視点から諦めの感情を上塗りしていく。天を見上げた山下はそれに反論する。時の流れは「僕」とは無関係に自分勝手に過ぎていくものであり、明日はやってくる。涙もいつか乾く……というふうにさまざまな問いかけとリアクションが展開されているのが2番の歌詞世界だと思う。それはある種のオペラであり、組曲だ。
複数の語りが交錯していくなかで、ひとつの答えが見つかる。

「僕」を絶望させる「怪物」は存在しない。

暗闇に吸い込まれるように 全て無になる
光を否定された
私のそばに 誰かが あなたが
いてくれたなら 怖くない

静寂の暴力

『静寂の暴力』の主人公は、冒頭の平凡な「僕」と重なる。誰かにいてほしいということは、あたりまえでささやかな、だからこそ奇跡的な幸せなのかもしれない。不幸を自分の中に求めてはいけない(Nobody's fault)。一見、無責任にも思える大きな肯定の力によって、壮大な最終楽章が奏でられる。

明日は 明日は 誰かのために

I want tomorrow to come

1番も2番も「期待通りの朝が昇る」「ちゃんと間違いなく朝は来るよ」と締め括られるので、同じ展開を繰り返しているのだが、「僕」の内省で至る結論(欅坂)と、矛盾を孕む対話から導き出された結論(櫻坂)には大きな開きがある。

暗闇の孤独を克服した「僕」は祈る、誰かのために。
すべての者たちの総意として、「I(We) want tomorrow to come」と謳うのだ。


MVの第一印象は「なんで4:3なんだろう」だったけど、iPadで観るとちょうどいいことに後から気づいたのだった。

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