「体育」は必要か ~集団行動について~

結論から言うと、「必要」だと思っています。必要です!

必要ではないと考える方は、体育が苦手だという理由が考えられますが、さらには軍隊的要素が感じられるというのも一つの理由でしょうか。

いわゆる「集団行動」と呼ばれるものです。指導者の号令に従って集団が一つの動きを行います。これが「教師の命令口調がいやだ」とか「何の意味があるんだ」とか言われやすく、体育なんて嫌いって思わせる原因の一つになっているのは間違いないでしょうね・・・。

私自身も号令を張り切って行っておりました。現時点でもやってます。昔ほど厳しくはしておりませんが、やっています。

「集団行動」は評価対象になる単元にも含まれなくなりました。なので、「集団行動」に時間を割くことはできなくなりました。

それでも、始まりと終わりは「号令」をかけます。それは人によっては「命令口調」に聞こえるのかもしれません。

ただ、私は私なりに、「なぜこの集団行動が必要なのか(であったのか)」を意味づけて子どもたちに伝えています。

必要な理由。

まずは、「集団」での動きを速やかにさせるためです。

学校という場所はたくさんの人が集まっています。全校で一斉に集まったり行動したりすることもあります。それこそ避難訓練などもそうです。

そんなときに、素早く集まったり行動したりするのは、時間の短縮にもなりますし、なによりお互いの把握しやすい。

「集団」で生活している以上、やっぱり必要なことではないでしょうか。

まぁ、現在はコロナウイルスの関係で、集会自体がなくなることも増えましたが。。。

短い言葉でわかりやすく大勢に指示を伝える。

軍隊みたいだなんだと批判的な言葉をよく聞きます。

では、100人から500人、多ければ1000人近い人間をどのように限られた時間で集めたり、並べたりするのかを教えていただきたいです。本当に緊急避難の場合など、どこかへ一時的に集め、安否の確認もできるだけ早く行わねばなりません。避難訓練でも集合の仕方は体育で行っている号令を使うことが多いです。

なんだかんだ、学生時代の体験が少なからずあるからこそ、大人になってもある程度は集まったり並んだりがなんとなくでもできるのではないのでしょうか。

この体験がもしもゼロになったら?

子どもたちを命令口調でおさえつけ、教師の言うなりにしている。子どもたちが自由に考えたりする機会をうばっている・・・。それこそ多くのマイナス要素を聞く機会、そういう記事を読む機会が増えました。

でも本当にマイナスの要素だけなんでしょうか・・。

やり方や指導の仕方は改善したとしても、やはり集団で生活する以上は「集団行動」「集団指導」は必要なことであると私は考えています。



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