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LNGの価格高騰が電力業界に起こしたこと

年明けからばたばととしていたので記事の1か月ぶりの記事更新となりました。普段はアートとマーケティングに関することを書いていますが、
今回は本業に近しい分野について書いてみます。

私は普段、電気設備屋さんとして仕事をしていることが多いです。プラントだったり、工場だったり、インフラだったり、こういう設備を動かす電気まわりの面倒をみています。設計して、作って、検査して、納品して、お客さんに使ってもらって、故障したら修理して。こんな感じのお仕事です。ガスタービン発電機を納入したこともあります。

最近は、転職活動をしていた関係もあって、電力会社の方と話す機会も何回かありました。面接の話題用に、LNGの価格高騰、新電力会社、電力市場このあたりの事情を調べたものが使えそうなので、自身の整理もかねて記事にしようと思った次第です。

特有の言葉をいくつか知らないと、分かりづらい所もあると思うので、言葉をいくつか紹介していく所から始めます。

LNG(Liquid Natural Gas:液化天然ガス)

家庭でお湯を沸かすときに使うガスをイメージしてもらうと分かりやすいです。ここで重要なのは「液化」していること。天然ガスは-160℃くらいで液体になります。日本では天然ガスは産出されないので海外から輸入しています。輸入先はオーストラリア、中東、マレーシア、アメリカといった国々です。産出したときは気体の状態なので、天然ガスと呼ばれます。気体の状態だと運ぶのが大変なので、冷やして液体にします。冷やすことで体積が1/600くらいになるからです。
LNGは発電設備の燃料や、家庭のガスとして使われます。石炭や石油と比べると、余計な成分が入っていないので環境にやさしいと考えられています。そのため先進国では天然ガスを燃料にして発電するトレンドがありますし、それ以外の国でも新しく建設する火力発電はLNGが選ばれることが増えています。

LNGを主に消費する国々

中国、日本、韓国の北アジアの国々が主な消費国です。他の地域ではLNGとして取り扱うのは一般的ではありません。天然ガスを使っている国々は先進国の割合が高いです。アメリカ、ヨーロッパが考えられます。大陸ではわざわざ液化した天然ガスを輸入する必要がありません。産地から消費地まで直接送ってしまえばいいからです。この供給形態をパイプラインといいます。
それに対して、北アジアのエリアにはパイプラインがありません。産地から直接パイプを引けるルートが無いからです。中国とロシア間にはパイプラインがありますが、日本と韓国は地理的に無理だと思います。そのため、天然ガスを液化してタンカーで運んでいます。
ちなみに、LNGとして取引される量は天然ガスの10%ほどしかありません。そして主な輸出先は中国、日本、韓国の北アジアです。

このような特徴があるのでLNGの価格高騰がニュース記事として取り上げられる場合、北アジアのマーケットでLNGのスポット価格が急騰。と紹介されることが多いです。

スポット価格

スポット価格というのは短期取引のことです。LNGは主に2つの取引方法で値段が決まります。1つはスポット取引、もう1つは長期取引です。
2020年の世界全体でみるとLNGの70%は長期取引で値段が決められました。複数年単位で取引金額を先に決めておく方法です。長期取引の場合はLNG単独では値段を決めずに、石油の値段に連動させて価格を決めるようにしています。安定した量を、見通しが立ちやすい金額で入手できる特徴があります。

それに対してスポット取引は比較的短い期間の取引を指します。LNGは購入してもすぐに手元に届くわけでなく、2か月ほどかかると言われています。LNGは冬に需要が増え、夏の需要が減る特徴があるので、この需要変動に対応するために最近はスポット取引の量が増えている傾向にある様です。2019年時点では日本のスポット取引の割合は10%ほどだったようです。

この少ない取引量であるスポット価格のLNGが、何故、世間を賑わすようになり、電力の価格高騰を招いたのか。ここが重要な点です。

新電力会社

新電力ネットの説明を引用します。

新電力とは、既存の大手電力会社の一般電気事業者(各地方の電力会社)とは異なる小売電気事業者のことです。
小売電気事業者は、電源調達をし、その電力を一般家庭を含むすべて需要家に電力を売ることができます。

携帯電話でいう所のMVNOの会社をイメージすると分かりやすいかもしれません。MVNOの会社はドコモやauやSoftbankの回線を借りて通信サービスを提供しています。電力業界にもそのような仕組みがあるということです。自分たちで発電をして契約者に電気を提供している会社もありますし、電力市場で調達して契約者に提供している会社もあります。

ここで重要なのは、自分たちで電気を作っていなくても、電気を販売できるという点です。新電力会社は700社ほどありますが、その内95%ほどは発電設備を持っていません。発電設備を持っていないということは、電気を作っていないということです。大半の新電力会社は市場から電力を購入して調達している。新電力がパニックに陥ったのが、今回の電力価格急騰を起こした理由の1つだと考えています。パニックを起こした要因としてインバランス料金という罰則システムがあります。

インバランス料金

電力市場の取引価格は30分毎の需給バランスで決定されます。新電力も含めた電力事業者は事前に需給計画を提出します。たとえば、13時~13時30分の間はこれだけの電気を調達します。と宣言するような感じです。宣言した分は、自前で発電するか、電力市場にお金を支払って調達する。宣言した通りに電力を調達でき場合、新電力は契約者に電気を提供できます。もし調達できなかった場合でも契約者は電気の供給が止まる訳ではありません。

ここで出てくるのがインバランス料金です。需給計画を立てた事業者が宣言通りに電力を調達できなかった場合、電力会社が変わりに電力を供給します。その代わりに、
市場の取引価格+罰金=インバランス料金
として後から請求します。この請求は2か月後に行われるようです。
2021年の1月に電気料金の高騰が叫ばれて需給がひっ迫していることが世間にも広まりました。1月に電気を調達できていない新電力があったとしたら、インバランス料金の請求は3月になるはずです。

1月は電力市場の価格が一時、20倍ほどまで跳ね上がりました。20倍に跳ね上がった時期はそれだけ電気が足りていなかった時期とも言えるので、需給計画を達成できなかた会社も存在すると思われます。インバランス料金の請求時期と、会社の生命が断たれる時期が一致する会社が出てくると思われます。そのため、新電力は56社も集まって、助けてくれないかと経済産業省に要望書を提出したと推測されます。

そもそもなんでLNGが急に話題になったのか

LNGで電気を作る発電所の役割が大きくなったからです。
発電所は大きく3つに分けられます。ベース電源、ミドル電源、トップ電源。
ベース電源は、原子力発電所や大型の火力発電所が分類されます。安定した量をずっと発電し続けます。現在は稼働停止している原子力発電所が多いため、火力発電の比率が高くなっています。
ミドル電源は、需要の変動にあわせて発電量を変える発電所です。中型の火力発電所が担うことが多いです。昼間はたくさん電力が必要ですが、夜間に必要な電力量はぐんと減ります。その調整をミドル電源が行っています。
トップ電源は正午から昼過ぎの、一番電力が必要な時に動かす発電所です。揚水発電がよく例として挙げられます。

ここで大事なことは、風力や太陽光といった再生可能エネルギーが発電できない場合、中型の火力発電所が調整しているから、電気を安定して供給できるということです。

原子力は動かせないし、再生可能エネルギーも不安定。最後に頼りになるのが火力発電で、最近は環境への配慮からLNG火力発電の役割が大きくなっています。

LNGがなんで不足したのか

日本の記事、海外の記事、機関のレポートを見ると、様々な視点で分析されていて、媒体毎に目線が偏っている印象があります。
私が調べた印象だと、色んな要因が重なって起きたように思えるので、理由を列挙していきます

理由1:LNGは備蓄できない

LNGは-160℃に冷やして貯蔵されます。しかし、貯蔵している間に少しずつ気化して減っていきます。そのため長期間の保存が難しいという特徴があります。また、LNGの貯蔵に関して特に法律による指定がないため、民間の貯蔵分しかストックがありません。2週間分だけです。長期間の保存をしようとするとお金が無駄にかかるので難しい問題です。

さらに、LNGは購入してもすぐに届くわけではなく、2か月ほど納期がかかります。保存がしづらいし、備蓄を定める法律もない、すぐには入手できない。また、LNGは産ガス国が契約国以外に転売できない仕向け地条項があり、多国間の融通が難しいという特徴もあります。そのため、需要予測をどのくらいできるかがが命運を分けそうです。

理由2:LNGの生産設備の故障

日本のニュースでこの問題を指摘している記事は少なかったです。JOGMECという組織が昨年末にまとめたレポートにはしっかり書かれています。
2020年の天然ガス液化設備の故障は例年の5倍も起きました。液化施設の能力をオーストラリアは3割、アメリカは4割失いました。
2018年と少し古いデータですが、日本は輸入総量に対して、36.5%のLNGをオーストラリアから、3.5%をアメリカから輸入しています。輸入量2位のマレーシアでも液化設備が故障しています。マレーシアからの輸入比率は12.4%です。カタールなどの中東は目立った故障はなく、順調に稼働しています。

コロナによる渡航制限によって技術者が海外から現地に行けない、物流の混乱により機材の納入が大幅に遅れるといった問題が、私の実務上でもたくさん起こりました。これは私の推測ですが、LNGの生産プラントでもメンテナンスや修繕が予定通りにできなかった所が多いんじゃないかと思います。

また、次に紹介するLNG価格の暴落によって、資金繰りが悪化し天然ガスプラントの運用品質が悪化したのでは?とも推測されています。

理由3:2020年春~秋にかけての値崩れ

ロックダウンを実施した国が多かったため、経済活動が鈍くなりました。そのため、LNGの需要が急落し、スポット価格も暴落。冒頭で紹介したように、LNGは長期契約が多いです。そのため、スポット価格よりも高い金額で取引する時期が続きました。LNGが余った場合でも備蓄は難しく、市場に放出しようにも逆ザヤ状態。2020年はLNGの生産者も使用者も苦しい年だったようです。

春から冬にかけてのLNGの価格変動がすさまじいです。12月を境に急激に跳ね上がりました。
2020年5月は2ドル/MMBTu、12月は12ドル/MMBTu、2021年1月は32ドル/MMBTuくらい。MMBTuはガス取引で目にする単位ですが、特に覚えなくても支障はありません。英国熱量単位と名付けられています。

LNGというか天然ガスは実のところ、年間を通すと余り気味です。3月にはまた需要が減るので、元の状態に戻るだろうと予測されています。

2月のガス先物価格ですが、高騰しているのは北アジアだけです。
米国:2.6ドル前後
欧州:10ドル前後
北アジア:30ドル前後

シェルやトタルといった石油メジャーはアフリカで産出したLNGの輸出先をEUから北アジアに変更しました。別の地域にLNGを回しても問題ないくらいにはEUの天然ガス事情に余裕があります。

理由4:LNGをタンカーに詰めても運べない

今冬は、オーストラリア、東南アジア、中東のエリアではLNGの在庫が少ないですが、アメリカはLNG余りの状況にあります。そのため、中国、日本、韓国ともアメリカからの調達を試みています。
現在、世界にLNGタンカーは570隻ほどありますが、その大半は定期運用されており自由に動かせる船は多くありません。すぐに行先を変更できる船はは20隻程しかないと見られています。
それでも、緊急でLNGを調達するため、アメリカ西海岸にLNGタンカーが集まりました。

アメリカ西海岸に行ったとこまでは良かったんですが、帰りが厳しい状況にあるんです。アメリカ西海岸から日本に船を通すルートは3種類あります。
パナマ運河ルート:航行日数20日
喜望峰ルート:航行日数34日
スエズ運河ルート:航行日数31日

遠回りするとコストがかかるため、運送コストの関係上ほぼ1択になります。パナマ運河ルートです。このパナマ運河の周辺でLNGタンカーが渋滞を起こしています。
まず、パナマ運河を通ることができるタンカークラスの大きさの船は一日に8隻だけです。パナマ運河はタンカーを通すために55mに拡張されましたが、LNGタンカーは幅が52mほどあります。かなり通るのが大変そうです。さらにLNGタンカーの通行数に制限があります。1日2隻しか通れません。さらに、LNGタンカーは安全性確保の目的から、夜間の通行が禁止されています。

数々の制限により、LNGタンカーはパナマ運河を通過するまでに、1週間から10日ほどの待機が発生します。

理由5:電力市場のパニック

今冬は、新電力の経営者は生きた心地がしないんじゃないかと思います。そのくらいパニックになっています。
通常であれば1kWhが10円で入手できるところ、最大で200円近くまで跳ね上がりました。月間平均で見ても、67円くらいになる見込みでした。

1月に実施されたアンケートでは、2割の電力事業者は上限の999円でも入札すると回答しています(メモだけとってソースを残すの忘れていたのでソース残している方いたら教えて頂きたいです)。現在はLNGのスポット価格も下がってきましたし、電力取引価格もピークを過ぎた感があります。

今は冷静さを取り戻しつつある段階だとは思いますが、999円での入札が選択肢に入ってしまうくらいにはパニックな市場になっていたと感じています。

理由6:中国のLNG需要急増

中国の天然ガスの消費量は世界3位です。2018年のデータでは日本の2.4倍の天然ガスを消費しています。LNGの中国の輸入量も増えてきています。ロシアからのパイプラインによるガス供給も増やす様ですが、LNG輸入量は今後も増えると予測されています。

個人的に疑問に思っていること

LNGの供給不足で電力価格の高騰は叫ばれていますが、都市ガスは不足しているという話を聞いた覚えがありません。先日、西部ガスが中国向けに2万トンのLNGを輸出したことがニュースになりました。契約自体は12月に結ばれたものなので、日本でLNG不足のパニックが起こる前の契約だとおもわれます。

ガス会社としては、2万トンのLNGを他に回したとしても、供給に問題ないから契約できたとも言えます。

また、東京ガスは1月にピークの需要分を自前で発電できなかったので、電力市場から調達し、利益見通しが悪化したことを公表しています。また、年ガスについて「安定供給に支障ある状況にはない」とのコメントも出しています。

LNGのマーケットは供給が不足しましたが、ガス会社は特に不足していません。このあたりが、需要予測の差なのか、入手先との契約の差なのか、それとも別の要因があるのか。このあたりが疑問に思っています。

また、新電力56社が集まって提出した要望書の中で、今回の電力価格の高騰で過剰の利益を得た業者がいるはず。その利益を還元してほしいとの要望を出しています。
新電力は電力の調達金額と契約者の利用料金との差で収益を見込んでいるビジネスです。この収益をために、電力事業者として新たに名乗り出たはずです。それが逆ザヤになり、赤字になったから損失分はお金を返せ。この言い分はどう考えてもおかしいです。過剰にという判断をどうするのかにもよるのでしょうが、この理論が成り立つならば、新電力が得ていた収益も還元しないといけないことになります。株で損を出したとしても、政府が補償するはずもありません。
要望を提出した時は、価格高騰でパニック状態にあったのでしょうが、今一度、冷静に考え直さないと、新電力のビジネス自体を否定することになりかねません。

今回の価格高騰の要因として、
LNGが一時的に不足→北アジアのLNG価格がパニック高騰→発電用LNGが不足→電力市場がパニック高騰→パニックが広く伝搬→さらに高騰
という図式が考えられます。

パニックに陥ったのはビジネスの生命線である電力を自前で作っていない新電力です。バブルでパニックが形成される経緯は以下の本を読むと分かりやすいです。かなりボリュームがありますが。
Kindle版で先月に私が購入した時は432円だったのですが、現在は2800円まで値上がりしています。Kindle書籍のここまでの値段の変動は初めて見ました。電力価格のパニックからこの本に救済を求めた人が大量にいたのかもしれません。



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