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首都圏の暑と涼を求める旅

 この記事は5,067文字、約10分で読めます。
 今回のテーマは「暑さ」と「涼しさ」です。


山万 ユーカリが丘線

駅にはホテル併設 - ユーカリが丘駅にて

 京成上野駅から約1時間、ここは千葉県佐倉市にあるユーカリが丘駅です。この駅に乗り入れるのは京成本線と今回の主役、山万ユーカリが丘線の2路線です。
 ユーカリが丘線という名前から想像がつくように、山万が開発したニュータウン、ユーカリが丘へのアクセス路線として建設されました。山万はあくまでディベロッパー、不動産会社なので、本邦では唯一の不動産会社が運営する鉄道路線です(不動産会社が出資する鉄道事業者も存在しますが、これらは最初から鉄道事業の運営を目的として設立された会社なので除外します)。これだけ聞くと少々不安に感じる人もいるかもしれませんが、この路線、なんと開業以来40年以上無事故です。すごい。

ユーカリが丘線の車両 - ユーカリが丘駅にて


不動産会社の鉄道路線

 当時の運輸省も相当な難色を示したとされる不動産会社による鉄道路線。山万がここまで手間をかけてこの路線を作った理由はユーカリが丘のブランドのためです。山万はかなり特異な開発手法をとることで有名で、沿線には空き地が多く存在します。これは決して開発失敗というわけではなく、一気に開発を進めずに徐々に開発を進めることによって現在各地のニュータウンで発生している住民の一斉的な高齢化を防止しているのです。実際、最近マンションが完成したらしく、販売をしているのを見かけました。

車窓からこんな風景も見える - 公園駅~女子大駅間にて
もちろんこういう普通の町の風景もある - 地区センター駅~公園駅間にて

 ユーカリが丘線の開業もその開発方針の一環で、広大なユーカリが丘のエリアを少しずつ少しずつ開発していくことになるため、住民が暮らしやすくなるようエリアのどの地区からもアクセスしやすい手段としてユーカリが丘線を造ったのでした。鉄道となったのは山万がユーカリが丘、と名付けるほど環境への配慮をしていたからだそう。他の交通機関と比べて圧倒的に二酸化炭素排出量が少ないですから。最近ではまちが大きくなってきたため山万はバス運行を始めたのですが、これも電気バスです。
 余談ですが、基本設計が住民の足となることにあるので、駅名にあるまじき「公園」や「中学校」などの普通名詞であることは有名です。大学誘致が失敗に終わったため、女子大の無い女子大駅もあります。

駅名にあるまじき普通名詞ばかり。運賃は一乗車につき200円
 - ユーカリが丘駅にて


首都圏唯一の非冷房

 本題に入りましょう。今回ユーカリが丘線を取り上げた理由、それはユーカリが丘線が全車
  非冷房
 だからです。首都圏において定期的に運行される列車としては唯一の非冷房の車両となりました。

おしぼりとうちわ、配布中 - ユーカリが丘線車内にて

 熱中症対策として山万はユーカリが丘線の車内で冷たいおしぼりとうちわを配布するサービスを行っています。残念ながら僕が乗車した日には品切れだったのか置かれていなかったのですが。もはやユーカリが丘線の非冷房は公式がネタにするほどであり、夏のこの時期になると「おしぼり列車」という特製のヘッドマークまで用意しています。
 一体なぜこんな事になっているのか、それはユーカリが丘線の規格が原因です。


非冷房路線となった理由

 ユーカリが丘線が開業したのは昭和57年。当時はまだ現在ほど高気温でなかったこともあり国鉄など他社でもまだまだ非冷房車が見られました。加えて、ユーカリが丘線は新交通システム、と呼ばれる部類の路線の中で最初期に開業しています。このため、まだ国内には統一された規格が存在していませんでした。ユーカリが丘線が採用した規格はVONA式と呼ばれています。

統一規格となった神戸のポートライナー - 中公園駅にて

 しかしながら、以降このVONA式を採用したのは愛知県の桃花台新交通ピーチライナーのみでした。ゆりかもめなどを含む以降の新交通システムは、神戸のポートライナーの規格である「側方案内式」を採用しています。また、頼みの綱のピーチライナーも利用客数の減少などを理由に平成18年に廃止に。結果、ユーカリが丘線はVONAを採用する唯一の路線となってしまいました
 こうなると、全国唯一の仕様であることから車両の更新費が莫大になってしまうため、なかなか新車を導入しにくくなってしまいます (ピーチライナーの車輌は扉が片側にしかない特殊仕様であったため、中古車を導入する手も使えません) 。結果として、現在に至るまで昭和の残り香とも言える非冷房の車両が活躍しています。が、先日、安全報告書の中で山万はユーカリが丘線の車両更新について言及しました。コアラが冷房で涼む日も近いでしょう。乗車・記録はお早めに。


首都圏外郭放水路 (地下神殿)

圧巻の光景である

 “暑”担当がユーカリが丘線だったので、ここからは“涼”担当、首都圏外郭放水路の調圧水槽です。この記事のヘッダー画像にもなっていますが、皆さん一度は見たことがあるのではないでしょうか。「地下神殿」や「防災地下神殿」の異名も持ちます。

なぜこんな構造物が

 一体なぜこんな構造物が造られたのでしょうか。地下神殿が位置するのは埼玉県春日部市の江戸川沿いの地下です。これは首都圏外郭放水路の一角をなす施設で、管理者である国交省は調圧水槽と呼んでいます。
 春日部市周辺は、かつて利根川をはじめとした周囲の河川が何度も流路を変えていました。徳川家康による利根川東遷事業以降は、あまり河川の流路が極端に変わるようなことはありませんでしたが、周辺より標高が低く、江戸川や荒川などの河川に囲われているため洪水が度々発生してきました。

首都圏外郭放水路の構造。第1立坑と排水機場との間に調圧水槽は位置します。
 https://www.ktr.mlit.go.jp/edogawa/edogawa00402.html より
航空写真だとこのようなイメージです
 - 龍Q館の展示

 その対策として造られたのが、調圧水槽を含む首都圏外郭放水路です。“放水路”とは洪水を防ぐなどの目的である川から別の川へ人工的に造られた流路のことです。第5~第2立坑がそれぞれ中小河川につながっており、川の水位が上昇し、あらかじめ低く造られた堤防「越流堤」を超えて水が立坑に流入します。各立坑は地下でトンネルでつながっており、トンネルが満水になると第1立坑も含めて同時に水位が上がり始めます。第1立坑は地下トンネルと調圧水槽をつなげており、第1立坑内の水位が上がると水が調圧水槽に流入します。

 調圧水槽はポンプ室へとつながっており、ポンプによって汲み出された水は江戸川へと放流されます。調圧水槽は、ポンプがちゃんと動作するように水圧を文字通り調整する役割と、万一ポンプが停止してしまっても水が逆流して川に流出することの無いよう水を貯めておけるようにするために建設されました


見学可能

 基本的に緊急時のための構造物であるため、普段は水が溜まっておらず、床を歩くことが出来る見学会が実施されています。最近では年7回ほどある施設の稼働時にも見学ができるようになったそう。調圧水槽に水が流れ込む様子を見られるらしいので、ちょっと行ってみたい。

驚きの涼しさ。この日の東京都心の最高気温は36.2℃


見学会の様子

 というわけで、先日、その見学会に参加してきました。以下の専用サイトから事前の予約が必要で、コースや日時から選ぶことが出来ます。コースごとに料金は異なるものの、最も開催頻度の多い標準コースで1,000円です。国交省も良い商売をしている。

 集合場所は埼玉県春日部市、龍Q館、現地集合です。龍Q館というのは施設に併設された、首都圏外郭放水路の展示館です。
 僕は最寄り駅の東武野田線南桜井駅から30分ほど歩いていきましたが、絶対オススメしません。暑すぎます。素直に車で行くことをオススメします。

こんな道を歩く羽目になる
アブラゼミを発見

  龍Q館の施設の1階で受付。予約時にネットでクレカで支払うか、当日現金で払うかを選ぶことができ、後者の場合はここで支払うことになります。この龍Q館は地下神殿のすぐそばにあり、時間になると施設の方について階段を下りて地下へと向かうことになります。安全のため、階段を下りる間は撮影禁止です

地下神殿への入口

 地下空間に到着すると、まず係の方の説明を受けてから、その後撮影等も含めた自由時間となります。ポンプのタービンの位置などからポンプを動かし始める水位や定位の水位が定められており、下の写真で人と見比べて頂ければ大きさがより実感できるかと思います。

本当にデカい

 水が流れ込む空間なので、当然足元は濡れており泥も結構堆積しています。このため見学者が自由に立ち入りできる空間があらかじめ定められており、この区画内は毎回見学会の前に係員が手で掃除されているそうです。すごい手間だ…

非見学区域に堆積する泥

 見学者が立ち入りできる区域外はこのように泥が堆積しており、この区画は年に一度ほど、地上からブルドーザーを吊り下げて搬入し一気に掃除してしまうそうです。ブルドーザーの搬入口は地下から見上げるとこのようにわずかに明かりが漏れている一方で、地上から見るとパッと見、入口だとは分かりにくくなっています。

わずかに明かりが漏れる搬入口
搬入口を地上から見る

 見学のお客さんは30名ほど、それに対して係の方が2人いらっしゃるうえ、大半のお客さんは写真を撮るのにひたすら夢中なのでいろいろ質問できました。

皆さん撮影に夢中

 調圧水槽は写真を見て頂くと分かりますが、完全な直方体ではありません。下の方は中央部以外ちょっと盛り上がっています。上の写真で言うと、左右の端の部分にあたります。これは浮力に対抗するための構造。

 そもそも、調圧水槽が「地下神殿」と称されるほど柱が林立する構造になったのはおもに2つの理由があり、一つは水の流れを一定方向にポンプ方向へ誘導するため、もう一つは水の浮力に対抗するためです。この地区は周囲の地下水の水位が高い状態にあり、言ってみればプールに浮かぶ箱のような感じです。そのため、下方向への力を加えてやらないと周囲の地下水からの浮力に耐えられず、施設全体が浮かび上がるような格好となり破壊されてしまいます。約2,300億円の箱が。

柱は水の流れる方向を調整する役割もあるので、すべて同じ向きである

 流石にそうなると困ってしまうので、柱を大量に建てると共に箱の左右の下部は盛り上げ、重しとして作用するような構造となっています。
 地下水に悩まされる構造物としては、JR東京駅の地下総武線ホームもあり、こちらは地中にアンカーを打ち込むとともにトンネルに染み出してきた地下水を川へと放流することで対策しています。

 そんな会話をしていたり写真を撮っていたりしたら見学会は終了。地上に戻り荷物を回収してから解散。地上に出た瞬間の熱気がツラかった。

地上はサッカー場で、この下に地下神殿が広がる。
向こうに見える建物はポンプ場兼施設の管理室兼龍Q館


 もうやだ、歩きたくないと思いGoogleマップで調べてみると、徒歩15分ほどの「庄和総合支所」というバス停からちょうどいい時間にバスが出ているとのこと。暑い中を歩くことに変わりないけれど、行きの徒歩30分に比べればマシです。バス停に着いてから時刻表を見てみると驚きの本数の無さ。やっぱりクルマでの来訪をオススメします。ちなみにいずれもIC価格で、行きの東武が春日部→南桜井で178円、帰りの朝日バスは庄和総合支所→春日部駅東口で315円でした。

少ない - 庄和総合支所バス停にて


まとめ

 地下神殿に向かうために歩いている最中に、本当に熱中症になりかけたので今後は気を付けていこうと思います。皆さんも暑さには注意してください。ここまで読んで頂きありがとうございました。

おまけ

 首都圏外郭放水路の指令室。施設稼働時以外は使用されないのでドラマの撮影などでよく使われる様です。

指令室

参考資料

https://www.mlit.go.jp/pri/shiryou/sonota/pdf/anzen/anzen018.pdf

 

特記の無い限り、記事中の写真はすべて筆者が撮影。

2023.08.15 一部表記を修正。


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