大人へ絵本memo ~真っ直ぐな愛に応える~
私にもますだ君がいた。四年生のクラス替えをした日から隣の席だった。私はみほちゃんとは全然違う。猫のようにひっかいてやるし、ジャングルジムの下からあいつの足を引っ張ってやる。
それでもあいつは
いちいち私を構ってくるし
私はそれを無視して自分の世界で生き延びる。
『となりのせきの ますだくん』
武田 美穂 (著)
1991年 ポプラ社
この絵本がもしも図書室にあったんなら、どうりで私は手に取らないわけだ。私は校庭の木に登って枝から枝へ飛び回って遊ぶ、猫と同じ種類の生き物だったから図書室で遊んだことがない。
あいつは、この本を読んだことがあったのだろうか?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だってあいつは
私が宿題を忘れたら
「せんせーこの人宿題忘れてます!」って言いつける。
授業中に必死に社会の新聞を作っていたら、
「お前の字すっげーきたなねーな。」と言ってくる。
それも大きな声で。
最悪に嫌な奴だった。
私は自分に忙しいのに、あいつはいつまでもしつこくて
無視してもひっかいても逃げても隠れてもそばに来た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・冬休みの宿題で書き初めがあった。私は習字も苦手だったので、父親の特訓を受けてめっちゃ練習した。今まで見た事のない、上出来な字が書けた私は自信を持って提出した。それは自分だけが喜んでいれば良いことだった。
それなのに、あいつは
飾ってある習字を見て
「おまえすっげー練習したんだな。」
と言ってきた。
なんでそんなこと分かるんだ?
私は顔を引きつらせた。
にらみつけて、筆箱を落として自分でそれにつんのめって
「別に練習してないし。」
そう言って筆箱を拾うと精一杯にドカドカと音を立てて教室を出てやった。
けれども、なんだか褒められた気がして、恥ずかしいけれど嬉しかった。
ある日は女子が集まってシャンプーはどこのがいいとかドライヤーの使い方とか髪質トークの休み時間。あいつがその時どこにいたかなんて知らない。だけれど何でか話したことを聞いている。その日の放課後、昇降口で靴を履いていると
「おい、シャンプーって二回やったら髪の毛がほわほわになるんだぜ。」
と言ってきた。髪の毛が猫っ毛ですぐにペタッとなってしまう私は、
「だからなに?」と言って友達の待つ外に出た。
私を褒めたり何かを教えてくれるのは、なぜか他の人がいないとき。友達の客観的な視線もない。だから私には真意がまったくわからなかった。言われるといつも飴色の空に吸い込まれるみたいな気分になるんだけれど、そんな私の変化を誰も知らない。
私は何だかムカつくくせに、その日のシャンプーを二回した。
泡だらけになったシャンプーを
「怒りよりもおしゃれだよ」と言いながら
フワホワと頭で混ぜた。
乾いた髪の毛はふわふわで自分の顔まで綺麗になった。
翌日
学校に着くなりあいつは私の顔と頭をキョロキョロ見たけれど
特に何も言わなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そして
二四歳の私はますだくんを探していた。
いや、正確には
もうあの時のますだくんは他の子と結婚して子どももいる。
私が結婚しておけば良かった?
う~ん。
そういうわけじゃない。
だってね。私は中学生になってあいつに三回も告白された。同じクラスになったりならなかったりだったけれど、あいつはずっと「ますだ君」だった。私はそれなりに成長して女子っぽくなっていた。私には好きな人がずっといて、付き合っていたり片思いだったりいろいろだった。だから私はあいつに告られても「もちろんNO!」ごめんも言わずに振っていた。
だけれど最後の告白の時にあいつは言ったんだ。
「おまえの事なら何でもしてやるのにな。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それから
私は誰かと付き合い、あいつは他の同級生と付き合った。あいつが違う子に告白したのは初めてだった。私は相手の女の子と友達だったので、その子に言った。「好きでもないのに付き合うなんておかしいよ。」って。だってその女の子にも好きな子がいたから。あいつのことを気にした事なんてなかったから。
でもその子は笑っただけで、あいつと五年くらい付き合って結婚した。
同級生では一番乗りの結婚だった。
二十歳で結婚!
私には出来ないと思った。
けれどたった四年しか経ってにないのに、私は今結婚したい。
あいつと結婚したいわけではないんだけど、
あんな風に私をずっとみていてくれたあいつの態度に、
少しの自信を付けてもらった。
だから私は感謝する。
真っ直ぐに、言いも悪いも全部口に出してくれて、
私のことを好きだと言ってくれたあいつが、私は
良い奴だと思う。
あいつの奥さんになった友達に
私は最近「ごめんね」と言った。
「好きじゃない子と付き合うなんておかしい」と言ったこと。
私は好きな子ばかりを見ていたし、
好きになられるのも幸せって知らなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ますだ君のおかげで、私は今の彼と付き合った。今の彼は私を観察する。
落ち込んでいたらジュースを買ってくれるし、泣きべそかいたらじっとそばにいてくれる。
きっと前の私なら、1ミリも振り向かない男性をイジイジと追いかけて、noteに悲しい詩を書いていたと思う。そりゃあ、書いても良いし想っても良いかもしれないけれど、私はますだくんに背中を押されて
それを止めた。
彼に告白された日の夕方、私は花粉症の薬をもらいに病院の待合室にいた。好きでもないし嫌いでもない。そういう人と付き合ったことがないから、なんて返事をしようか考えていた。
ぼんやりと男の子が真剣に眺めている本を覗きながら。
男の子は順番が来ると、私を見上げて「見る?」と言った。
私は困ったけれど、「うん。見る」と言った。
男の子は私にそれを渡して診察室に入っていった。
微笑ましいお姉さんになりきって周りの目を気にしながら読んだ子ども向けの絵本。それが「となりのせきのますだくん」だった。
ヨムヨムヨムヨム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ、、、、
読んでいてすべてが蘇る。
学校の景色。
あいつの視線。
あいつは・・・
ますだくんだったのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ
好きって言ってくれる人に
ありがとうって言って
愛されよう。
彼の言葉に堂々と
「まだ好きじゃないよ。けれど付き合ってみる」
すぐにそう返事をした。
ますだ君のおかげ。
あいつと、あの絵本が重なって、
私は恋愛の違う喜びを知った。
優しくしてくれる人を愛する。
そういう感情。
相手はあいつじゃないけれど
あいつに感謝している。
そして今でも私は
シャンプーを二回する。
#読書の秋2020に寄せて #ポプラ社課題図書より
この物語はフィクションです。