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しかがみさま 第一章 第四夜

第四夜 寝坊

『ピロピロピロン!ピロピロピロン!』

まるでゲームのザコ敵が繰り出すようなへなちょこな音で俺は目を覚ました。耳の横で忙しなく鳴り続けるそれを、半ば殴るようにして止めてリビングへ向かった。
「おはよぉ」
ぐわぁと大きな欠伸あくびをかましながらくぐもった声で挨拶をする。
「あらぁ、おはよう。早くしないともう出る時間になっちゃうわよ」
朗らかな笑顔を浮かべて、そんな恐ろしい事を抜かすものだから、少し顔が引きつったまま戻せなかった。
時計は午前9時を指し示している。俺が駅に着いてなければいけない時間は午前10時だ。サーッと顔から血の気が引くのが分かった。慌ててアラームを確認すると5回しかけていたアラームのうち、4回を逃していたようだった。仕方がないから着ていたパジャマを脱ぎ捨てて用意されていたやや不自然な組み合わせの洋服に素早く着替える。歯を超高速で磨きながら髪を軽くセットし、ピシャピシャと申し訳程度に顔をすすいだ。

テーブルに向かうと用意されていたのはジャガイモとベーコン、それに少しのマヨネーズを混ぜ合わせ、ジャムのように塗られてぱらりとチーズを振りかけられ、こんがり焼かれたフランスパンの切り身×3という無駄におしゃれな朝食だった。残すのは俺のポリシーに違反する。
噛んでも噛んでも無くならないガムみたいなパン(味はとても良い)をもちゃもちゃもちゃもちゃと永遠と咀嚼していると、
「あ!入れ忘れちゃった。ちゃんと入れとくね」
と語尾にハートマークをつけたような喋りとともに真っ赤に熟れたプチトマトを皿に飾り付けた。
絶望した。

なんとかかんとかフランスパンという強敵を打ち倒した俺は、この世でいっっっっっっっちばん大嫌いなプチトマトを口に含み、そのいやーな苦味を受け止めながら玄関に用意されていたリュックに荷物を投げ入れる。
着替えと、母さんが作ってくれた弁当と、鬼の形相で持たされた日焼け止めと帽子、その他もろもろを詰め込むと、リュックははち切れんばかりにパンパンに膨らんでいた。
時計の分針が45分に振れる。

「母さぁん!車出してぇ!」
けん、けん、と片足をつきながら靴を履く。呼ばれた母さんは、はいはいとまるで幼児をあやすかのようにゆったりと出てくる。
「早くしてよ!間に合わんくなるやん!」
八つ当たりとは分かっていながら、尚そんな事を言うのをやめられなかった。
急いで車に乗り込むと、ブゥゥゥンと鈍い音を立ててエンジンがかけられる。大荷物と食べ盛りの高校生、それに主婦で車はギュウギュウ詰めだ。
車は法定速度ギリギリでブンブン爆走する。駅までは車で10分。間に合うか間に合わないかの瀬戸際だ。
車の窓から見る景色は次から次へと変わる…ことも無く永遠に田んぼと畑と、時々爺さん婆さんが窓に映り込むばかりだ。
ようやく着いたころ、時間には間に合ったもののやけに長く感じていた。
そこから電車で飛ばして約30分。ガタンゴトンと揺れる度に吊革を掴む力が大きくなった。着いた駅はとても大きかった。まるで商店街のように店が立ち並び、都会らしい洒落た店があちらこちらに構えている。
だがそんなものに釣られている場合では無い。あたふたと受付のおばちゃんに話を聞いて、新幹線の乗り場へ向かう。都会特有の冷めた大人達が闊歩しているそこへ、母さんが予約しておいてくれた新幹線の指定席に乗り込んで、いつも乗る電車とは違う、何だかベーシックな高級感漂う席に腰を下ろすと、何だかほっとしたように思う。

10分程して、ゆっくりと新幹線は走り出した。段々とスピードを上げていく。ちなみにじいちゃん家は新幹線で2時間位だ。
外の景色を見ると電車や車とは比較にもならないくらいの速度で入れ代わり立ち代わり景色が変わる。いつまでもいつまでも見ていて飽きなかった。
それでもいつかは飽きが来るもので、いつの間にかスマホをいじってしまっていた。

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