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しかがみさま 第一章 第二夜

第二夜 夢世界

―目が覚めたらそこは異世界だった―


「厨二?」
「じゃねぇよざけんな」
明楽や野次馬達が語りの初めだけでギャハハ、と下品な笑い声を零す。確かに今流行りの異世界転生モノみたいだ。だがしょうがないだろう。だって夢なのだから。

「ハゲは黙って聞けねぇのかよ。あ、そっか猿だから聞けないんだ!」
そんな事を言えば明楽の顔はみるみるうちに真っ赤に染まっていく。本当に分かりやすい。真っ赤な風船みたいで、耳まで真っ赤っかに染まりきって頭に血でも上ってるんだろう。

「はぁ?!聞けるわバーーーカ!!!」
「じゃあ黙ってろハゲ猿!」
顔を赤くしたままむっつりと黙りこくった彼を確認し、詰めていた息をほーっと吐き出す。頭の中を整理して、少しバクバクしている心臓を抑えつけ、再び口から言葉を紡ぎ出す。

―目が覚めたらそこは異世界だった―
重い瞼を持ち上げると、初めに見えたのは空だった。そう、空。透き通る様な天色を背景に、複雑に入り組んだ薄い雲がまばらに散っていた。
寝室のバケモンみたいな天井の木目でも、窓から見たような電柱やそれに留るカラスも居ない、オープンワールドのRPGみたいな、爽やかな景色だったよ。
空が見えるってことは寝転んでんの。起き上がったら一面草原。黄緑色の柔らかい草が見渡す限り視界いっぱいに生えてた。しばらくぼーっとしてたんだけど、ふと立ち上がってみたんだ。
草は腰くらいまである背が高い草だった。それでも鬱陶しいとは感じなくて、草を掻き分けて、あてもなく歩いた。
暫くそうやって歩いてたんだけど、そしたら向こうから声がしたわけ。

「おーい、カミケン!ヤギが逃げたぞぉ!」って。

俺ヤギとか飼った事ねぇしって感じだったんだけど、そん時は、え?マジかよちゃんと柵閉めといたのに!って思ってさ。
「待ってろすぐ行く!」
って返事して声のする方に走ってった。そしたら呼んでた奴の顔が明楽、お前だったんだよ!

そこまで言い終えた途端、明楽が声を張り上げた。
「はぁ?!お前俺の事夢に見たん?俺の事好きすぎやろ!」
「好きじゃねぇわ黙ってろ!」
明楽の阿呆みたいな理論に、思わず声を荒らげてしまう。阿呆みたいな、じゃないわ。こいつ阿呆だわ。

げほん、と気を取り直し夢の話にもどる。
…で、その明楽みたいな奴が言うには、そいつが村のヤギにエサをやろうと柵を開けたら何かにビビったのかヤギの親子が大慌てで逃げ出して行ったらしい。
で、母さんヤギの方は見つかったらしいんだけど、子ヤギの方は全然見つかんなくてヤバいって喚き散らすもんだから、俺が探してやるとか言っちゃって、一緒に捜索することになっちまったんだ。
「おぉーい」「おぉーい」
そうやって声張り上げるんだけど、夢の中だからか全然声が出なくて、無我夢中で探すうちに、俺まで迷ってしまって。もうへそ曲げて、意地になって探してたら
「メェ、メェ」ってさ
か細くてちっちゃい声だったけど確かに聞こえて、もうアドレナリンドバドバよ。とにかく嬉しくて声の方に駆け寄ったんだけど、そこがちょっとひらけてて、周りに細い木も疎らに生えてたの。
はぁはぁ息継ぎながらそこまで向かったら、案の定子ヤギがちょこんとうずくまってた。
でも、子ヤギだけじゃなくて、鹿も居たの。小さな群れの中に混じって、メェ、メェなんて鳴いてんの。
子ヤギは生まれた時に背中の毛をたてがみに見立てて金色に染めてたからすぐに分かったよ。

…え?なんで?いや知らんわ。でもなんかもし子ヤギが森で行方知れずになっても『聖なる仔鹿』として鹿の群れに受け入れられるように、って俺のじいちゃんみたいな顔した変なオッサンが言ってた気がする。
鹿の群れに近づくための作法だよ、だなんてそのオッサンから教えられた通りに、そろそろと頭を下げてお辞儀みたいなポーズで群れに近づいて行った。で、その子ヤギは俺に懐いてたから案外あっさり捕まったんやけど。ホッとして思わず顔を上げたらさ、

鹿がいたんだよ。

そりゃ居るだろって?いや、あれは違う。
何よりその大きさから規格外だった。とにかくクソデカくて、デカいで有名なヘラジカよりデカいんじゃないかって位。顔は鹿って言うか犬?狼?みたいに精悍な顔つきで、被毛は深い藍色で、溢れんばかりの眩しい夕日を浴びながら、金色の瞳で観察するように、じっとこちらを見つめていた。
全てを見透かされたみたいで背筋に冷や汗が伝っていった。慌てて子ヤギを引っ捕まえたまま頭を下げて後ずさると、立ち上がる気配があった。目だけを動かして見ると、影と目が合った気がした。それだけの存在感があった。長い毛足を風に遊ばせて、長く尾を引く影と、まるで鷹や鷲のような、およそ鹿のものではないパカッと開いた三本の鉤爪を引っさげた指が目に入る。後ずさるのを止めるとその巨大な鹿も歩みを止めた。
長い首を下ろしたような気配がしたのち、耳のすぐ側で息遣いが聞こえた。体温が伝わってくるようだった。鹿はそうして暫く匂いを嗅いでいたが、笑った様に小さく鳴くと、ぐぅんと首を持ち上げて声高々といなないた。

そして気付いたらいつものベッドの上で目を覚ました。

そこまで語り終えると同時に、明楽が詰めていた息を吐き出すように叫んだ。

「夢オチかよぉおお!!」

教室中に張り巡らされたような緊張の糸がぷつっと切れた気がした。
静まり返った教室が一拍置いてどっと笑いに包まれた。学校ごと揺らすような大きな大きな笑い声だった。
「お前マジもんの馬鹿だな。夢だから夢オチに決まってんだろ!」
少しの軽蔑を込めてジトりと明楽を睨みながら言うと、
「…そっか、そりゃそうだな」
なんて大真面目に呟くものだから、またクラス中から漏れだした笑い声が聞こえてきた。ヒィヒィ言って涙目になっている奴もいる。バカ真面目な先生までもが堪えきれずに肩を震わせていた。

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