金言296:目立たないこと

就職して、目標とした最初の上司は、営業部門の責任者でした。この人からは、初歩的な業務管理方法を学びました。当時、日本列島改造政策のおかげで、国中の土建屋さんがブルドーザー宰相から分け前をもらい、日本経済は限りなく右肩上がりしていくことを疑う国民はいませんでした。国が次第に国際社会で存在感を増していく中で、私企業には、おおらかな経営が許されていました。米国式の成果主義は外資企業の話で、日本経済の発展の基礎は、年功序列・男尊女卑・定期昇給・終身雇用制度でした。転職や離婚をする者は、落ちこぼれの評価をうけました。

大企業が安定していたのは、企業間で業種別・地域別の商圏がはっきりしていて、互いに、他社の得意分野には触らない紳士協定があったからだと想像します。自分たちの得意分野を強化し既得権の源である自社の顧客を守り育てることで、業績が向上しました。そういう経営環境では、新規開拓はおまけみたいなものでした。営業は、抱えている顧客の会社の業績と同期して注文が増えていきましたので、顧客満足度向上が営業実績を上げる王道でした。

いつの世も、若者は年長者とのスピード感の違いに不満を持つものかも知れません。当時は年長者に対して、現在では若年者に対して、経営感覚や意思決定のスピード感の違いを感じます。
最初に感じたのが、営業部門の責任者から、「目立たないように」というアドバイスをいただいたときでした。この人は、営業部門の責任者から事業所のトップに昇進したとき、部下の一人にこの一言を残しました。彼は、何年かして取締役に就任しました。目立たないようにというのは、敵をつくらず、打たれる杭にならないように慎重に精進した成果でありました。

後任には、別の事業所から中途採用の営業マンがやってきました。この営業マンは、営業のプロでした。金の匂いに敏感で、ノルマは確実にこなし、擦り寄ってくる部下を重用しました。部下を可愛がるというのは、特定の部下だけに営業成績が上がりやすい仕組みをつくることです。しかしながら、なんでもありの営業のプロには弱点があります。会社が数字に困っていないときは、コンプライアンスの面から好ましくない従業員と評価されてしまうことです。経営者は数字に困ると、膿みをはきだすとかいって叩けば埃がでる年配功労者をスケープゴートに仕立てて急場をしのごうとします。

大企業では、目立たないように慎重に実績を積み重ねる従業員が出世しますが、ベンチャー企業ではそうはいきません。なんでもありで金の匂いに敏感で、かつ意思決定にスピード感がなければ生き残れません。M大学卓球部から某私鉄グループ企業に就職し、そして犬猿の仲の同業他社に転職した営業マンは、当時は存在しなかったベンチャー企業のリーダーに必要な資質を備えていました。世にでるのが早すぎた人材でした。この営業マンは、結局コンプラインスの弱点をつかれて離職し、ひっそりと、しかしながら、小粋な、中華そば屋に軌道修正しました。

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