豆電球

夕方をすぎる頃豆電球をつける。習慣化され慣れ親しんだ明るさの中で行動を開始する。大したことでもないなんとなくやりたかったこと、やらなきゃいけないこと。でも天秤にかけるにはかけ離れすぎたこころと脳のキャパ。なにが優先かなんてわかっているようでわかってなくて、わかりたくないような。

もしもやりたいことだけできる世界ならって考える。そんな世界にいってみたい。でもそれって本当に楽しいことなのかなって問いかける。与えられた自由より掴み取った自由の価値があって誇らしいと感じる。誰かに言われたのかな。そうやっていつも思うような思考回路が生成されてしまっている。自由ってなんだろう。永遠の問い。なにからの解放を思って自由になりたいというのだろうか。たくさんの不自由までも自由の一部だと思うように。きれいごとかもしれないけど

今日もわたしの脳内は空想と自由に満ち溢れてます。

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