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50歳の挑戦〜その②京畿道の化粧品工場

コロナ禍を経て、久しぶりの海外旅行。久しぶりの成田空港は、ずいぶんと自動化されていて驚いた。チェックインももちろん機械だし、出国口は自動改札のようになっていて、出国審査も機械にパスポートを当てて、自動で写真を撮られて終わり。何台も並んだ出国審査マシーンの向こう側に、以前は出国審査をするために空港職員が待機していたボックスが並んでいるけれど、1つのボックスを除いて職員はおらず、素通りするだけだ。

ソウルの仁川空港には、友人が昨年末に再婚したばかりの夫と一緒に迎えにきてくれた。こちらも夫と2人。車でホテルまで送ってもらい、チェックインだけ済ませてもう一度車に乗り込み、2組の夫婦と、彼女の息子とそのガールフレンド、6人で韓国料理店の席につき、夕食をいただく。
仕事の話もしなければと思いつつも、これまでどう過ごしていたとか、最近のコロナの状況はどうだとか、取り止めもない話をしながら時間は過ぎていった。

彼女が何をしたいと考えているのか、根本のところを理解することができたのは、韓国に着いて3日目の朝、ソウル郊外の京畿道にある化粧品工場を訪ねたときのことだ。彼女は韓国国内のいくつかの工場に商品を作ってもらい、インドネシアなどの外国にも少量の輸出をしているという。
商品の試作をする研究室から、原料を保管する倉庫、化粧品を作るのに使う水を濾過する装置、材料を混ぜて加熱する大きな釜、化粧品をパッキングする機械、作業員…。それぞれの空間はホコリが入らないように気圧が調整されていたり、出入り口が二重になっていたりして、清潔に保てるように管理されている。
工場内では、私でも知っている韓国の化粧品会社の商品のパッケージも、ちらほらと見かけた。

会議室に通され、工場の社長と、理事と、挨拶を交わした。
彼女は今、ごく少量の商品をこの工場に依頼し、作ってもらっているが、今後少しずつ投資をし、いずれはたくさんの商品をここで作ってもらいたいということのようだ。
社長から考えを聞かれ、彼女は語り始める。

「長く自然化粧品を作る仕事をしてきたけれど、私の活動は、それぞれの肌に合ったナチュラルコスメを作るための教室や、書籍の執筆、テレビ番組への出演などがメインでした。
テレビによく出演していたのを見て、商機があると考えた投資者や、取材にやってきた新聞社の記者たちが、私のオフィスを訪れて驚くのです。たった1部屋しかないような狭い場所で、商売っ気もなく、テーブルに材料を並べて小さな教室を開いているのですから。
韓国国内は津々浦々まで、化粧品作りを教えてほしいと言われればあらゆる場所に出向きましたし、小・中・高等学校の体験授業や、大学の講義を受け持っていたこともあります。
海外にも行きました。アラブの王国では、王室のご婦人が私の基礎化粧品を使って、すごく気に入ったから、ここで工場を建ててあなたのブランドで化粧品を販売したらどうかといった提案を受けることもあったし、韓国国内でも、お金のある投資者が、大きく商売をしたらどうかといった提案してきたこともありました。
でもなんだかその度に、自分の力には及ばないことのような気がして、やってみようという気持ちにはならなかったのです」

その③へつづく

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