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[読書の記録]宇野維正「1998年の宇多田ヒカル」(2016-01-26読了)

 音楽ライター宇野維正氏の著作『1998年の宇多田ヒカル』(2016)を読んだ。

 宇多田ヒカル、椎名林檎、aiko、浜崎あゆみが登場した1998年はJポップにとって重要な年でCDの生産量も我が国最高を記録していた。
 中でも宇多田のファーストアルバムは現在までに1000万枚のセールスを記録した歴史的な年である。この年を境に、CDの売上は右肩下がりになっていき、現在に至る。というわけで1998年は日本の商業音楽史におけるターニングポイントの年だった!という内容の本である。

 宇多田、椎名、aikoという3名の音楽家の才能と活動の功績を称揚する本で、この人たちの音楽を知る人ならば非常に面白く読めるはずである。
 宇多田ヒカルがデビューしてから「人間活動」に至るまでの時期の音楽は、私の青春とも重なっている。本書では完全自作自演となった『Distance』以降を高く評価しているが、個人的にはジャム&ルイスと組んでいた頃の初期の楽曲が好きだ。
 本書を読むと、薄らと幼心に残る宇多田デビュー時の熱狂の記憶が呼び覚まされた。
 椎名林檎やaikoについては正直通過していないのだが、彼女らも同時代を代表するアーティストなのだな、と改めて理解した。1990年代中盤における「アーティスト」という言葉の出現についても興味深い考察が行われて面白い。

  • 宇多田は、「NYから来た天才少女」のような感じで突如出現したように見えるが、実はデビュー前から周到にプロモーション施策が組まれていたし、何より本人の資質として、音楽的に恵まれた環境で育った、DTM自作自演歌手第一世代の申し子である。

  • 椎名は、同年代アーティストとの連帯意識や音楽業界全体への目配りという意味でシーンをけん引する馬力を持つ存在。

  • aikoは、この3人の中だとセールス的には若干、存在感が希薄だが、実は高度な作曲技術を有していたり、ブルースへの理解が深かったりと、音楽家としては孤高ともいえる抜きんでた能力の持ち主かも。

というようなことが書かれている。

 アマゾンレビューなどでは、懐古ばかりしていてperspectiveがない本だというような評価もあるが、あとがきのようなテンションで書かれている終章「2016年の宇多田ヒカル」は、ちゃんと将来を展望していて、ハッとさせられる内容だったように思う。

 宇多田は4月から始まるNHK朝ドラの主題歌を担当することが決まっているほか、最近twitter等のメディアでも近日中の新譜発表をほのめかすような発言が断続している。
 しかし2011年末の活動休止以来、音楽産業を取り巻く環境は激変しており、宇多田が復帰したところで以前のように活躍できるかは疑問…というのが筆者の見立てである。
 確かにAKBグループやExile Tribeによるチャートの席巻のほか、定額音楽配信サービスの普及やライブ興業による収益ポートフォリオの相対的な増加等、5年前とは状況がまったく違うのは確かだろう。
 筆者は、宇多田ヒカルが「ライブではなく、音源で活きる」タイプの音楽家である(詳細は当該書籍参照)ことが不利に働くのではないか、という点を特に憂慮しているようだ。

 どうなるかはわからんが、何があろうと、1998年の日本で。”Automatic”がかけられた瞬間、ポピュラーミュージックの歴史が変わってしまったという事実は永遠に残る。

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