夢の国で働いていた

「お姉さん,早くしてください。バスが出ちゃうから」

小学6年生ぐらいの男の子が真剣に困って言った。

浅黒い肌をしていて目鼻立ちがくっきりとしていたその子のフォルムは,未だに忘れられない記憶。

高校3年生の秋に,推薦入試で大学合格してしまい,わたしは,中途半端に大学受験生活を終えて暇になった。

わたしは,何を思ったか,アルバイトをすることにした。

私の通っていた女子校は,アルバイト禁止だったけれど,こそこそとアルバイトをしている子が後を絶たなかった。

わたしも友達に誘われて,お菓子工場に期間限定バイトで行ったり,お金が欲しくなると,そんなことをしていた。

年が明けると,同じく推薦合格組の友達と付近民なら一度は手を染めるだろう,夢の国でのキャストに挑戦することにした。

高校生でも応募できるのだ。

なんとかホールとかいう,でっかい面接会場に行くと,整理券を渡された。整理券には,アルファベットが書いてあって,アルファベットごとのテーブルに行くよう指示された。

テーブルに行くと,にこにこと愛想のいいおじさんがいて,エントリーシートを読みながら,いくつか質問された。

数日後だったか,その場でだったか,忘れたけれど,無事に採用された。

晴れてわたしも夢の国の住人デビューだ!

と,思ってウキウキしたが,現実は違った。

夢の国のキャストといえば,夢のあるデザインのコスチュームを想像するだろう。

だが,わたしが採用されたところは,キッチン。思いっきり裏方だ。

確か,その頃,夢の国で高校生ができる仕事は,そのような裏方か,ゲストコントロールと言って,パレードスタッフだけだったと思う。

わたしは,夢の国ならどこでもいいと思っていたから,別にこだわりはなく,本社での研修を得て,キッチンに配属された。

仕事は大変ではなかった。大学生のお兄さんたちが優しくて,何かと気をつかてくれて,ぼっけーとしていても全然怒られなかった。

だけど,次第に飽きてきた。何より,周りは,かわいい夢のあるコスチュームで溢れている。

それなのに,わたしは,給食係みたいなでっかい給食帽子と白いエプロンにズボンで,まったく装飾美要素はなくて,かわいさもない。

キッチンにかわいさなんていらないのだから,いいのだけど,花も恥じらう女子高生だったわたしには,耐えられなくなった。

だから,1か月でさっさとやめた。大学生のお兄さんたちは,残念がってくれたことだけが救いだ。

そして,大学入学後,今度は夏のキャスト募集があった。

もちろん,応募した。そして,合格した。

今度は,裏方ではない。表に出られて,かわいいコスチュームで有名な店舗に配属になった。

頭にでっかいリボンをつけて,どこもかしこもフリフリの女子度たっぷりの甘いコスチュームは,着ているだけで楽しかった。

お店の前でボーっと立っている仕事(一応,インフォメーション係)や適当に店内にいると,ゲストの方に呼ばれて,お写真を撮ってさしあげた。

研修では,ゲストに頼まれたら,「はい」と笑顔で対応するようにと,いいつかっていたし,それが仕事だ。

「お姉さん,一緒に撮ってください」

と,ゲストに言われて,ただのキャストのわたしがゲストの記念写真に満面の笑顔で納まることも多々あった。

おかげで,たまーにパーク内のお店をまわってくる会社のおじさんに,「ベストスマイル賞」と書かれたチケットを貰った。

そのチケットを上司にわたすと,景品のボールペンをいただいた。やった!レアアイテムゲットだぜ!

もちろん,昔のことだから,ボール―ペンはもう手元にない。

チケットを3枚集めるとなんかもっとすごい賞をもらえると聞いたけど,チケットをいただいたのは,その1回限りだった。

その後,大学院受験の準備が忙しくなって,アルバイトを辞めることにした。

そして,大学院に入学して,また,キャストとして復活した。今度は,別の店で,まあまあかわいいコスチュームだった。

コスチューム運があるらしい。

が,今度のお店は,レジ作業や品出しもあって,結構忙しかった。

品物をお包みする作業も技がいるので,もったもた包んでいたら,件の小学生男子に,せかされた。

「そうですね。それは失礼しました」と,急いで包んだら,なんかぐちゃっとしたけれど,バスに乗り遅れたら大変なので,男の子はけげんそうな顔をしていたけれど,包みを受け取って,さっさと行ってしまった。

それでも,わたしは,どうも「暇運」もあるようで,パレードの時に,ゲストの列の前に立っているという係を毎回,たまわった。

キャラクターたちが歌い踊るパレードを一番前の特等席で見て居られる,お金をいただくのがなんか,申し訳ないような仕事だった。

キャラクターたちを見ると,笑顔で手を振るゲストたち。キャラクターたちが手を振り返すと,すごい笑顔で喜んでくださっていて,その笑顔がとてもよくって,わたしは,この係が好きだった。

なんか,幸せを感じた。

目の前にいるお客様を喜ばせたい。喜んでお帰りいただくこと。

それは,心理師としての仕事にも共通する,わたしのセオリーとなった。

何らかの困りごとがあって,心理相談に来ているだから,意気揚々とした人は少なくて,しょんぼりと気落ちしているクライエントさんが多い。

だけど,心理面接が終わって,帰る時に,うつむいていた顔があがって,笑顔がちょっとでも見えると,わたしはとても嬉しくて,ホッとする。

笑顔でバイバイできること。

それが,わたしの臨床の仕事だ。



論文や所見書き、心理面接にまみれているカシ丸の言葉の力で、読んだ人をほっとエンパワメントできたら嬉しく思います。