リンワンとピアノロックとボカロ文脈についてのエトセトラ

かれこれ干支一周ぶん12年ほど前から体系的に追わなくなったこともあり、最近のボカロ界隈についてほぼ何も知らない自分にとってもリンワンの楽曲がボカロ「ぽい」のは、一聴してすぐに察することができた。能動的に追っていなくても察知できる、つまりどこかしらで耳にする機会のあるJ-POPとして一般的に流通する記号たりえているということの証左だと思われる。いままでそれについてとくに深く考えるきっかけもなかったのだけれど、Flatさんの書かれた「最近の邦楽に至るまでのボカロ文脈 ―ずとまよ・YOASOBI・ヨルシカ―」なる記事を読ませていただくことで、近年のボカロがどうJ-POPというフィールドに進出していったのかをざっくりと掴むことができました。

この記事を読んでいていちばん驚いたのが「Just the Two of Us進行」なる表現。「Just the Two of Us」はいまやスタンダードとなったグローヴァー・ワシントンJrの大名曲ですが、そこで使われているコード進行があまりジャズやフュージョンを知らない人にでも"それっぽさ"を伝えることができる、とても特徴的なもので。かつて自分はその曲のどこがどう刺さったのかを人に伝えるとき、「セカンダリードミナントが…」「ツーファイブワンが…」と言ってもまあ伝わらないことのほうが多いので、その「Just the Two of Us進行」の派生形を使っているリオン・ウェアの「That's Why I Came To California」なら通じる人も多いだろうと「Why I Came To California進行」だから好きだと表現していたのですが、結局伝わらないことがほとんどで。だから「Just the Two of Us進行」という表現がごく当たり前のように流通していることに衝撃を受けたわけです。

リンワン界隈にもなじみ深い(と思われる)「Just the Two of Us進行」を使用した楽曲をいくつか挙げてみます。

いかがでしょう、「あ~、こういう雰囲気のやつね」と伝わったでしょうか。もともとジャズやソウルなどでよく使われていた進行ですが「Just the Two of Us」はバブル期真っただ中の日本でも大ヒットしたため、ブランドスーツに身を包み、スカイラウンジでワイングラス片手に聴くものみたいなイメージがつきまといます。椎名林檎の「丸の内サディスティック」でも同じ進行が使われているため「丸サ進行」とも呼びならわされているようですが、表象的なイメージはさほど遠くないものと思われます。ゆえに歪みギターを主体にしたロックなどにはあまり馴染まず、ピアノとの相性が良いのです。実際90sのハウスにはこの進行を使ったピアノリフが山ほどあり、ハウスの出自がソウルであることを強烈に意識させてくれます。ちなみに、YORUWA KOREKARA略してヨルコレの「Take Off」では曲中通してこの進行だけがひたすら繰り返されます。

そのむかし近田春夫さんがコラム「考えるヒット」のなかで「AメロBメロサビがそれぞれ独立している国産R&Bとは違いアメリカのR&Bは同じ進行をループするなかで展開する。日本でそれをしているのはスガシカオくらい」と書いておられましたが、フューチャーソウルアイドルを標榜するヨルコレはそのあたりガッツリとUS仕様だったりするわけですね。

そんなわけで、かつてはアイドル楽曲はおろかJ-POP全体を見回してみてもさほど耳にすることのなかった「Just the Two of Us進行」が(それゆえ使っているアイドルを見つけるとほぼ無条件に好きになってしまっていたのですが)いまやそこかしこで聴かれるようになった大きな要因はシティポップの隆盛とボカロ界隈内のトレンドがタイミング的にJ-POPシーン全体でうまくかみ合った結果なのかなと。供給が増えるのはもちろんシンプルに嬉しいことなんだけれど、この波が引いたあとのことを考えるとちょっと複雑な気持ちにはなりますね、自分の嗜好はその先も変わりようがないので。

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