楽曲派アイドルオタクが帰り着く先はやっぱりプログレなんだよ

とくにオタクが嗜好する音楽ジャンルはメタルとテクノである、というのはかなり昔からよく聞く通説だけれど、実際アニメタルだとかベビメタのように周期的にメタルがセールス的成功を収める事例を見ているとたしかにそうかもしれないと思わされるし、テクノだとパフュであったりEDMであったりボカロであったりが、オタクであるか否かにかかわらず裾野広く浸透していくさまをいまや我々は恒常的に目にしている。かたや2010年ごろ、要は女子流やトマパイやネギやエスペシアとともにその存在が可視化された楽曲派と呼ばれるアイドルオタクたちは、「曲が良ければなんでも」というわりにその嗜好がコンサバ寄りブラックミュージックにバイアスがかかりすぎているのではないかとたびたび指摘されてきた。とりあえずディスコっぽければ出来の良し悪しを吟味することなく良曲扱いしがちといったような。ここ数年であればシティポップがそれにあたるだろうか、世界的なトレンドになりつつあるのでとりあえずやっとけ的な風潮は、シティポップに限らず今まで幾度となく繰り返されてきたことではあるが。現在のアイドルオタク重課金勢の多くはクロスオーバーやフュージョンの全盛期をリアルタイムで通っているためその影響を強く受けており、それらの名手がレコーディングに参加することで完成度を飛躍的に高めた70s~80sシティポップ(当時はニューミュージックと呼ばれていたのだが)はまさに音楽的素養の根幹をなしている。もちろん自分のそのひとりだし、湯水のごとく予算をかけてレコーディングされた作品群はこの国の貴重な文化遺産だと思っている。フィジカルが売れないいまでは当時ほどの予算をつぎ込むことなどほぼ不可能だろう。従って自分の原風景として歓迎する人もいれば、なかには過去の焼き直しはもういいよという人もいる。だが若い世代にしてみればどれも新鮮に響くであろうことは想像に難くない。ファッションに限らず、世代が代わるたび時代はまわりその都度歴史は繰り返すのである。では楽曲派向きのロックとはいかなるものだろうか。これは自分がいろいろなオタクと話して感じた主観的な印象でなんら統計に基づくものではないのだが、いかにもご陽気なウェイ系よりも内省的で神秘主義や象徴主義を内包しやすいサイケ~プログレではないかと思われる。たとえばシューゲイザーはヴェルヴェット・アンダーグラウンドから連綿と続くサイケ文脈の先にある。ドリームポップもそうなのだが、もともとサイケはマリファナをキメた頭に心地よく響くよう作られた機能的な面が強く、楽曲の構造うんぬんよりもまずその音像が重要だったりする。ダブはまさにその最たる例で、ダンスフロアで一晩じゅう踊るために作られるダンスミュージックも、ポップスとしての快楽より機能性を追求した結果として現在のスタイルにたどりついた。それとは真逆に感じられる高度な演奏技術と緻密な構成を身上とするプログレだが、もとはサイケを演奏していたグループがそれをプログレッシヴに発展させてプログレが生まれた経緯があるため、双方は地続きの関係にある。ざっくり分けるとするならサイケはフォークにその由来があり、プログレはジャズにその由来があると考えるとわかりやすいだろうか。そんなわけで、楽曲派オタクに刺さりそうなプログレの個人的名曲をいくつか挙げてみたい。

黒百合姉妹 - 薔薇の失墜 -SANCTUS-

90年代にフールズメイトを読み、トランスやヴェクセルバルグにかぶれていたタイプの人にとってはまさに神託を告げる巫女的存在の黒百合姉妹、というかJURIがいまのところ唯一歌唱のみで参加した楽曲。作曲はまさにプログレ出身の伊藤真澄。古楽やエスノなどのさまざまな要素を感じさせる荘厳な仕上がりはデッド・カン・ダンスのようである。

kukui - 空蝉ノ影

元refioのmyuと霜月はるかのデュオ。myuの作風はどちらかというとジャズというかフュージョン寄りなのだが、この曲はミック・カーン的なベースといいうっすら入ってくるフランジャーギンギンのギターといいロック的にというかニューウェイヴ的にめちゃくちゃカッコいい。霜月はるかの十八番といえばブルガリアンヴォイスなのだが、あえてグレゴリオ聖歌からの導入には意表を突かれた。

双海亜美・真美(下田麻美)- 黎明スターライン

アイマスが本気でぶちかましてくれた、キメと三連の嵐がスリリングなまさに絵に描いたようなプログレ。サビ前に軽く匂わせておいて落ちサビ前に突っ込まれるサンバパートが実に心憎いばかり。駆け出しのアマチュアバンドはこの曲の完コピを目指せば各自の演奏技術もアンサンブルも格段に向上するのではないかなと思う。

XOXO EXTREME - オレンジ

もちろんプログレアイドル XOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ・エクストリーム/通称キスエク)は外せない。これは里咲りさ社長が提供したシンフォロック寄りのキスエクにしては異色作にあたる楽曲だが、このメロウネスはプログレ好きのみならず幅広い層にアピールできる訴求力があると思う。

MELLOW GREEN WONDER - WONDER CARNIVAL~Kimmy Killer×Four On The Floor

解散してしまったものの、前述のキスエクとコラボシングルをリリースしたことのあるメログリも忘れられない。正統派アイドルグループとしてデビューしたはずなのだが音楽的にはかなりギリギリまで攻めていておもしろかった。とくに「WONDER CARNIVAL」はメロキュアの「愛しいかけら」に通じるパンクスタイルでめちゃくちゃカッコいい。

始発待ちアンダーグラウンド - ハレルヤ

もとより自分がスパイ映画のテーマ曲ものが大好きというのもあるのだが、そのスタイルを踏襲したこの曲はとんでもなくグルーヴィーでとんでもなくいかがわしい。これこれ、この猥雑さこそがサイケの神髄なんだよな。レコード屋をまわってミニシアターで退屈なロードムーヴィーを観て終電がなくなるとどこからともなく集まってくる知り合いたちと一晩じゅう繫華街の路上やクラブで大騒ぎしていたころを思い出す。

situasion - JAPANESE HORROR STORY

BLOOP以来のプログレ曲だけど、初めて聴いたときはまさかこんな形でEDMにアダプトするとは…と開いた口がふさがらなかった。実をいうと自分はEDMが苦手で、というか正確にはワブルベースの音色が苦手なのだけれど、その要素を多分に含有するグループを好きになったのはシチュアシオンが初めてだったりする。苦手な食べ物があるというと「それは本当においしいものを食べたことがないからだ」と諭す人がいるけれど、まさにそれだったんだと腑に落ちた。

シンダーエラ - YHWH

幽玄なボーカルとギターリフに対し倍速でたたみかけるリズム隊が人力ドラムンベースみたいに聴こえてそこもカッコいいのだが、着目、いや耳か、してほしいのはサビのコーラスパート。トップノートを動かさずコードをリハーモナイズして進行させるのはボサノヴァでよく使われる手法なのだけど、抑制されたハーモニーの中からもたらされる快楽は本当にハンパない。

みんなのこどもちゃん - 明滅する世界

エクソシストの「チューブラーベルズ」やサスペリアのテーマといったホラーの代名詞的プログレスタイルを継承している。ホラーと美少女の相性の良さはその組み合わせでおびただしい数が量産されたことから類推してもはや一般常識のレベルではあるものの、活動初期からコンセプトがまったくブレないのは、しなもんという稀有な美少女の説得力によるところも大きいのではないだろうか。

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