桜の枝が折れた話(2)
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桜の枝が折れた話(2)

ながさごだいすけ

実家の桜は、やはりかなりガタがきているらしくて、隣家に突き出していた部分の枝は切ったが、そのときはまだ持ちこたえていた別の部分の枝が裂けて、物置の屋根に圧し掛かり、そのせいで、枝が隣家の離れの窓を遮る格好になってしまった。もっとも、その離れ自体は、もう長いことまったく使われておらず、言ってみれば古い倉庫の裏窓に桜が影を投げかけているようなもので、クレームがくる心配はまったくなかった。

だがもともと心配性の母は、それがひどく気になり始めて、もう業者に頼まないと無理ではないかと言い出した。洗濯物を干しにベランダに上がった時に、桜の枝が隣家の離れの窓のひとつを全面的にふさいでいるように見えたからである。窓の機能を考えれば良いことでないのは明らかだった。だが、その窓はもう10年以上も開かずの窓なのである。そもそも人が出入りしている気配さえ皆無で、離れは廃屋同然なのだった。

とはいえ、枝が裂ける前は、庭の敷地内で垂直に伸びていた枝が、今では物置をつっかえ棒にして、隣家にはみ出してしまっているのは事実であった。その隣家のケヤキが逆にうちの庭に張り出してきてもう5年になるので、お互い様だろう、とわたしは内心思っていたが、それでは母を納得させることはできなかった。

しかたなく、わたしは打ったばかりのワクチン接種のせいで、右肩から肩甲骨のあたりが痛む(左利きなので右腕に注射した)のを我慢して、脚立を広げて物置の屋根に立てかけ、昔父が買った電動ノコを出して、隣家にはみ出した部分の枝をすべて切り落としたのだった。

電動ノコはもう20年も前に父が買ったものでありわたしも使ったことがあったのでその存在は知っていた。だがなぜか、わたしがノコギリをアマゾンで買うと言ったときにも、電動ノコは押し入れにしまってある、と母は言うだけで、いつまでも出そうとしなかったのである。ということは、古いノコギリと同じで、もう動かないのだろう、とわたしは思い込んでしまった。だが、確認すると特に問題なく動くことが判明した。脚立もそうだった。どうやら、母はどちらも、使い物にならないと自分で思い込んでしまって、わざわざ持ち出す気にはなれなかったらしい。たぶん、母の中では、業者に頼むことで、話が一件落着してしまっていたのだろう。業者に頼んだら何十万もかかるのに、そういうところが妙にお嬢様なのである。わたしは、極度の貧乏性なので、そういう母の振る舞いはときおり理解しがたいものに思えることがある。

電動ノコと脚立のおかげで、隣家の離れにはみ出した枝はすべて切り落とすことができた。それはそれでめでたしめでたしだったが、その作業中に、てっぺんの枝の先端が隣家の離れの屋根にかかってしまっていることが判明した。それは、枝が折れたのではなく、逆に成長したせいであった。

母は再び、業者に頼まないといけないねえ、と言い出した。上に書いたように、隣家のケヤキは、わが実家の庭に2m以上も張り出してきているのだから、使っていない離れの屋根にわずかに枝が触れたくらいで目くじら立てるとは思えなかったが、母の決心は固いようであった。

というか、要するに母は、最初から桜の剪定を業者に頼みたくてしかたなかったのである。わたしの貧乏性は余計なお世話に過ぎなかったのである。屋根の上の枝はさすがにわたしの手には負えない。結局母は、職人でなければとても切れないその屋根にかかった枝の剪定を業者に頼むことに決めて、問題は一件落着することになったのだった。

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ながさごだいすけ
母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。