桜の枝が折れた話(8)トーマス篇2
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桜の枝が折れた話(8)トーマス篇2

ながさごだいすけ

どうでもいいこと、といえば本当にどうでもいいことだったが、気になり始めると忘れることができなくなった。

というより、むしろわたしは、桜のことを忘れるために、トーマスに固執したような気がする。桜は、半年待たないとどうなるかわからないが、二十年前の記憶は、今この瞬間にも思い出せればそれで完結するし、それでハッピーな気分になれる。起きたことは100%覚えているし、それ自体は完全にハッピーエンドだったのだから。

それになりより、わたしはネット検索をGoogleが世に出る前から仕事の一部として行っており、検索で見つけられないものはないと信じていたから、自分の限界を認めたくなかったということもあった。

バーミンガムに行ったことは間違いないので、蒸気鉄道がその周辺にあることも間違いなかった。どちらが先だったか記憶がはっきりしないが、蒸気機関車には別の日に別の場所で2回乗車した。

ひとつは、通常の大きな蒸気機関車で、1時間ほどの距離を往復し、戻ってきた駅に作られたサンタの洞窟でプレゼントをもらった。そこは郊外ではなくバーミンガム駅から電車ですぐのところにある市街地の駅だった。蒸気鉄道は電車の駅のすぐ隣にあって、その周辺はクリスマスの買い物客でごった返していた。むしろ蒸気鉄道に乗る人は少なかった。普通の駅から、郊外に続く蒸気鉄道への乗換駅のようにもみえたが、いまどき通常営業している蒸気鉄道があるとも思えなかったので、観光用のものだったのだと思う。

もうひとつは、トーマスの顔がついた小さな機関車で、5分ほど走っただけでサンタの洞窟に到着するという、明らかに観光のためだけに存在する蒸気鉄道だった。走った区間以外に線路があるのかどうかも疑わしかった。その蒸気鉄道は、バーミンガムの西の方の郊外にあった。ネットでダウンロードした案内図には、自動車での道筋が書かれており、最も近い鉄道駅でも5㎞ほど離れていた。その駅まではバーミンガムから電車で30分ほどかかったと思う。最寄り駅から蒸気鉄道の駅まではバスもあるようだったが、ほとんど本数がないようだった。案内図はかなり簡略化したダイアグラムのようなもので道路の名称(記号と番号)が書かれているだけだった。自動車で来るならそれでも十分だが、とても歩くのに使える地図ではなかった。いってみれば、首都高のダイアグラムをみながら都内を歩くようなものだったのである。結局、タクシーに乗ることにした。10分ほどで着いたと思う。着いたところは、郊外の人気のないさびれた操車場で、蒸気機関車が何台か停車していたが、それだけで、それ以外にはなにもない場所だった。

トーマスに乗ってサンタの洞窟にプレゼントを貰いに行くイベント自体は楽しかった。ふとっちょの駅長さんもいた。近くにトーマスのなかまの顔を付けた機関車もいた。子供に感想を聞くと、「ほんものだとおもっていたのに」とちょっと寂しそうだったが、それはまあしかたのないことだった。

イベントは1時間もかからず終了した。他に見るものはなく、スーベニールや食べるものすらどこにも売っていなかった。もう日も暮れかけていて、早く帰らないとホテルに着くころには夜中になってしまうと思った。

ところが、ここにきて問題が発生した。というか、ようやく事態に気が付いたというべきか…

どうやって電車駅に戻ったらいいのだろう。客待ちをしているタクシーはいなかった。道に出てもタクシーどころか滅多に車も通らない場所だった。バス停があったので時刻表を見ると、とっくに終バスが出た後だった。他の客たちは、みな自動車で来ていて、さっさと駐車場に止めた車で去っていった。Googleマップはなく、そもそもスマホ自体が存在していなかった。

今思うと、すぐに蒸気鉄道の関係者を探して事情を話せば、なんとかしてくれただろうと思う。でも、その時わたしはとっさにそれを思いつかなかった。というより、それほどの事態だとは思っていなかった。家内は、外国ではいつもすぐに近くの人に助けを求めるのだが、疲れていたのか、なにも言わず、ただじっと成り行きを見守っている状態だった。

みると、あんなにたくさんいた客はあっという間にいなくなっており、蒸気機関車もその関係者もどこへともなく消え去ってしまっていて、きつねにつままれたみたいな気分になった。

わたしは、タクシーに乗った時間から考えて、1-2時間かかるとしても歩いて行けない距離ではないと思い、途中でタクシーが来たらひろってそれに乗ればいいと考えた。とにかく動き出さないことにはどうにもならないのは明白だった。あたりに人っ子ひとり見当たらないのであれば、歩いて探しに行く以外ない。案内図をみてもわけがわからないが、地元の人に出会えれば、それをみせてなにかアドバイスを貰えるに違いない。

たぶんわたしは疲れていて、軽いパニック状態に陥っていたのだと思う。冷静に考えるなら、サンタの洞窟か、蒸気鉄道の関係者を探すほうが賢明だったはずである。どんなに寂れていてもそこは操車場であり、いくらなんでも人っ子ひとりいないはずはなく、しかもわたしたちはそこの訪問客として冷たく追い返されるはずはなかったのだから(タクシーくらいは呼んでくれただろう)。

だが、パニックを起こしたわたしたちは、混乱状態のままとりあえず、プリントアウトした案内図だけをたよりに、駅と思われる方角へ歩き始めたのだった。


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ながさごだいすけ
母が住む実家で週末ごとに過ごす日々。 母との大切な時間を綴る。