トムとジェリーだと思ったらアダルトビデオだった

 もしも古代ギリシャにTSUTAYAがあったとすると、VHSやDVDの代わりに「話のうまいおっさん」を貸し出していたんじゃないだろうか。

 たとえば「サスペンス」の棚にはサスペンスが得意なおっさんがズラッと並んでいて、首から下げたプラカードに『脱出(邦題:エスケイプ・ゲーム2 ある愛のうた)』とか『部屋(邦題:デス・ハウス ある愛のうた)』とか書いてある。面白そうなタイトルのおっさんをスリーブから外してレジに持って行き、お金を払って連れて帰るのだ。

 「18禁」コーナーももちろんあって、ものすごいエロい話をするおっさんがズラッと並んでいる。

 「素人の女子大生をナンパした話なんだけどさ〜……」
 「そこで俺の怒張した男性自身が濡れそぼった蜜壺にするりと……」

 18禁のおっさんを借りるときは恥ずかしいから堅い感じのおっさんを何本か借りて、間に挟んでレジに持って行くのが普通だが、すごい奴になると5本も10本も18禁のおっさんだけ借りて帰るおっさんもいる。

 ダビングするには空っぽのおっさんを買ってきて、再生しているあいだ横に置いておく。コピーガードが付いているおっさんは空っぽのおっさんが横にいると動かなくなるから、コピーガードを解除するおっさんを買ってきて解除してもらう。

 プライベートのおっさんに街で偶然出くわしたりしたらやっぱり気まずいんだろうか。気に入って何回も借りてるおっさんはお互いに顔見知りになってるから、目が合って「あっ」となるが、そこは声をかけないのがマナーだ。また夜に借りに行こう。

 「さっき会いましたよね」
 「……」
 「そっか、レンタルおっさんは余計なことは喋らないんだった」
 「……」
 (再生ボタン ピッ)

 「素人の女子大生をナンパした話なんだけどさ〜」

◼︎

 ここまで書いてなんでギリシャなのか全然わからなかったが、なんかギリシャだ。具体的なイメージが全然湧かないからちょうどよかったのかもしれない。古代ローマとか古代中国だったら「そんなおっさんいないだろ」でおしまいだからだ。

◼︎

 俺の親父はアダルトビデオが大好きだ。とにかく凄まじい量のAVを持っているらしく、「TSUTAYA お父さん店」を開いたら渋谷店ぐらいの在庫があると聞いた。実際の在庫のありかは俺の兄貴が知っている。長男にだけ教えてあるのだ。

 俺が4歳ぐらいの頃、つまりは1995年ぐらい、親父はオープンにAVを観ていた。さすがに子供の前でAVを観てどうこうすることはなかったが、6畳和室を2つぶち抜いた親父と母と俺たち3人兄弟の寝室の片側には親父用のテレビがあって、そのテレビの前にズラッとAVが並べてあった。

 兄貴によると、親父は当時、AVをお気に入り順に並べていたらしい。なんでそんなことを兄貴が知っているのかも謎だし、母がそんな状態を黙認してたのも謎だ。家族の寝室でAVをお気に入り順に並べてる親父は、どうあれなにか柔らかい布でやさしく包んで、しかるべき治療を受けさせてあげるべきだと思うが、そういう時代だったのかな。1995年は世の中も随分おかしかったと聞いている。

 そんな頃、俺たち兄弟が夢中だったのは「トムとジェリー」だ。俺が庵野秀明監督なら「シン・トムとジェリー」を真剣にやりたいぐらい多大なる影響を受けた。中学生の頃に読んだギャグ漫画と、子供の頃に観た「トムとジェリー」「バッグス・バニー」「ピンクパンサー」などのギャグアニメは今でも俺のほとんど全てだ。テレビでやっていたのは全て録画して、あいだのCMまで覚えるぐらい繰り返し観た。新しいのがやっていると前のやつに上書きして、暗記するぐらいまで観まくった。

 あるとき、母が「トムとジェリー」の新作VHSを持ってきた。当時はTSUTAYAやGEOなんて近くに無かったから、インディーズの「レンタルビデオ屋」で借りてきたのだろう。新しい「トムとジェリー」は俺たちが喉から手が出るほど熱望していたコンテンツだ。旧作は観まくってすでに暗記している。新作が観れるなんてもう大騒ぎだった。

 この回の「トムとジェリー」はとんでもない神回だった。内容はさっぱり覚えてないが、爆笑に次ぐ爆笑。明らかにオールタイムベスト。何回観ても良かった。何度も何度も観た。そのたびに爆笑して、感想を語り合った。他の遊びをしているときも

 「それにしてもあの『トムとジェリー』は良かった」

 兄貴が笑いを取ろうとして何かやったとしても

 「面白いけど、あの『トムとジェリー』にはかなわないね」

 伝説の面白さだった。

 しばらく経つとそんな伝説のビデオも観なくなり、他の遊びが楽しくなってくる。と、あるとき、兄貴が「あの『トムとジェリー』もう一回観たいな」と言い出した。

 それはとにかく絶妙なタイミングだったと記憶している。たしかに言われてみると、そろそろもう一回観たらまた爆笑できる自信がある。それぐらいには記憶が薄れていた。今だ。たしかに今、もう一回観たい。さすが兄貴。兄貴はのちに東大に行くぐらいの秀才だ。タイミングもバッチリ押さえていた。

 レンタルビデオだったから、もうとっくに返してしまっていたはずだ。もう一度観ようと思っても当然ながら家の中には無い。だが当時は全員が10歳未満の3人組だったから、ビデオというのは未来永劫うちにあるものだと思っていた。探せばどこかにあるだろう。家の中を探しはじめた。

 ビデオがありそうなのは親父のテレビの近くだ。ビデオデッキもそこにしかなかったから、ビデオ類は全てがそこに置いてある。漁ってみるがどれもこれも違う。「トムとジェリー」と書いてあるビデオはどこにもない。代わりに親父の大好きな「イケナイ団地妻」とか「素人女子大生100連発」とかはわんさかあったんだろうが、幸いなことに読めなかった。とにかく「トムとジェリー」を探すが、どこにも見当たらない。

 ここで秀才の兄貴が言った。
 「あの『トムとジェリー』は、背表紙が灰色だった」

 さすがだ。やっぱりのちに東大に行くぐらいだから、タイミングだけでなくカラーリングもバッチリ押さえていた。灰色の背表紙。たしかにそうだった。つまり俺たちは灰色の背表紙のビデオを探せばいいのだ。

 1本だけ灰色の背表紙のビデオが見つかった。「トムとジェリー」とは書いてない。読めない字が書いてあった。まあとにかく観てみよう。ビデオデッキに入れ、再生を始めた。

 「こういうの初めて?」
 がらんとした部屋で、女性が椅子に座って画面外の人物から質問を受けている。

 「……、はい……」
 「じゃあ緊張するねぇ」

 なんかインタビューみたいな映像が流れた。当時はビデオというと、上書きして別のを録るのが当たり前だったから、無関係の映像が流れるのは違和感がなかった。しかし、所さんのプリントゴッコのCMとかサトームセンのCMとかでなく、こういうテレビでもビデオでも観たことがない映像は初めてだ。なんだろう、と思いながら続きを観る。

 「じゃあ服脱いでみよっか」

 なんか始まった。トムとジェリーはいっこうに始まらない。だが、服を脱いだ女性はトムとジェリーぐらい見所がある。なんだかわからないが大興奮して続きを見続ける。感じたことのない感情が頭の中を支配する。もう少し様子を見よう。トムとジェリーはもう既にどっかへ行っていた。この顛末を見届けたい。

 そこへ母親が帰ってきた。10歳に満たない子供達がAVを観て大興奮している様子を目の当たりに見た母親は、当然のことながら激怒してすぐにビデオを止めた。

◼︎

 それから、親父はAVをどこかへ隠した。お気に入り順に並べることもなくなり、健全なビデオデッキ前に様変わりした。
 2011年に大きな地震があって、埼玉にも震度6強の地震が襲った。裏庭にあったボロボロの納屋が少し壊れて、大量のエロ本が出てきた。もちろん親父のだ。

 AVのありかは未だに教えてもらっていない。長男は「びっくりする場所にある」「かなり身体能力が要る」と漠然とヒントだけ教えてくれる。まあどこだっていいが、びっくりする場所にある大量のAVは拝んでみたい。

 今となっては良い思い出である。

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