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「ズレても、ソロっても。」

変速のない自転車を「自転車」と呼ぶのは、正直、抵抗がありました。坂の多い街に生まれ育った僕は、変速機の付いてない自転車を見ると、つい、息を切らしながら坂を登っていく自分の姿を想像して、しんどくなってしまうのです。

「しょーもない言い訳ばっかり考えやがって。想像でしんどなるんは何でか知っとー?」

ハナザカリくんによれば、そのことと、坂の多い街で育ったことはまるで関係なく、僕は単に「想像力の使い方を間違え」ているらしい。では、何によって間違うように仕向けられているのか。


1音のように聴こえる音でも、実は3つ続けて打ち込んだ音である場合がある(ミルフォード・グレーブス)


「これ、何枚あると思う?」

気まぐれなサックス吹きが示したのは、(たぶん)A3の紙を二つ折りにした手書きの楽譜でした。一枚に決まってるじゃないか。

「と思おうやろ」

ハナザカリくんが、譜面のへりを挟んだ右手の親指と人差し指を上下にずらしたとたん、三枚の薄紙が姿を現しました。

いちばん上のはリズムと音程が書かれたふつうの楽譜や/ほかのはふつうやない?/そんな差別的なこと言うたらアカン/とゆーことは。やっぱちふつうと違うんや/・・・

二枚目の紙には、赤と、青と、その両方がいろんなバランスで交じり合った色で濃く薄く音符が書き込まれている。

これは感情譜。青は「慈愛をもって」、赤は「怒りを込めて」/色の薄いとこもある/薄い赤は「静かな怒りをモチベーションとしつつクールに奏でよ」ぐらいの感じかな/まだらのもあるね。五線の外のシミは?/あんまり根詰めんと気楽にいこうや、よそごととか考えなたりしながら。打ち上げのこととかな/こっちの紫のは?慈愛と怒りの中間で平常心とか/そんな話やない/じゃあ何/ひと口に平常心ても、日頃から温厚な人もおれば怒りっぽい奴もおるやろ/だから何やねん/「信じる音を吹け」/そんなもん楽譜とちゃうやろ!

サックス吹きは、なぜかいちばん下の紙について説明するのを渋った。

何でごまかす/ごまかしてない。慎重になったんや/何で慎重になる/それは(首をめぐらし周囲を確認してからヒソヒソ声で)前世あるいは誕生時の記憶、ぶっちゃけて言えば、自分がフラっとこの世界に立ち寄った動機を表わす譜や/おかしいな、それやったら一人ひとり違う筈やん/そう、だからこの譜は所有者が変わるたびに姿を変える/そんなことってあるん?/何ゆーとん、音楽は生きものやぞオイこら!クシャクシャにすな!/僕が手にしたから姿を変えた/何ぬかす、どこにそんな凸凹な世界がある?/僕は、坂の多い街に生まれ育った。

これは蛇足ですが、坂の多い街では、世界の断層が可視化されやすい。サンフランシスコしかり、神戸しかり。つまり、どちらもウェストコーストです。

自分が、「この世界は」とか「この世界に生きるわたしは」なんて言ってるのに気づいたら、ハナザカリくんの話を思い出してみてください。世界は一つではないし、あなたも、そのうちのどれか一つに閉じ込められたまま一生を終えるよう定められた存在ではないのだから。そしてもう一つ、人間その他いろんなモノが棲んでいるいろんな世界は、同時に、<世界の向う>を見通すためのレンズでもあるということ。ほらね、いろんな組み合わせが選べます。それはどういう妄想か? OKダイジョーブ、僕はすべてクリアに見えてるから。そりゃあもうクリアすぎて、キテるのかキテないのかサッパリ判断つかないくらい…。



(2014年 インプロヴィゼーションtp#2)

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