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酒と鯖の日々

   一

 その日の彼は、よほど寒かったのか足早に改札を出ると、左手に見える赤ちょうちんの古びた引き戸を開けるなり、そさくさと暖簾をくぐり。くぐった途端ピシャッと戸を閉めた。実は、少し訊いてみたいことがあったのだが、いつになく忙しない挙動に、何となく声をかけそびれてしまった。仕方ない。私は、そこから目と鼻の先にある純喫茶へ向かった。
 一分ばかり遅刻して到着したが、先方はまだ来ていない。こんなことなら、あの男と一緒に居酒屋の暖簾をくぐるのだった。
 
 私が毎日のように通うその店に、男は二、三日おきぐらいのペースで姿を見せる。先に行きはじめたのはどっちだったか、はっきりしないが彼是二十年ぐらいになるだろうか。最初に見た彼は、年の頃三十を少し出たか出ないかぐらい、といったところだった。
 私とその男は、ロックドラマーが刻むハイハットとスネアのバックビートのように、そこそこ規則正しく顔を合わせてきた筈だが、たまに会釈を交わす程度で、つい先週まで口を利いたことがなかった。二十年来の顔見知り(には違いないだろう。お互いに顔を知っているのだから)、しかも同じ居酒屋の常連同士なのになぜ、と思われるかも知れない。
 単純な話で恐縮だが、彼はいつもひとりで文庫本を読んでいるので声をかけづらかったのだ。私の記憶の中の《初めて見たその男》の画像も、カウンター席で文庫本を開いている。一週間前のその日もそう、いつものように文庫本を開いていた。前に傾いだ首の角度まで、私の記憶の中の画像と寸分違わず。ただし、色味は少し違った。入口の引き戸が開く度、二十年前にはなかった向かいのコンビニから入る白い光が、人物ごとカウンターを照らしたので。
 腰かけているカウンター席は、厨房に対して開かれた体裁ではなく、壁に向かって設えられている。この店には、対面で接客する親父も女将もいない。店長は、テーブル席で馴染み客と話し込んだりすることもなくはなかったが、大抵はレジ付近にいた。いない場合は、厨房で板さんのヘルプをしたり、ホールで客の注文を聞くなど、ごく自然にその都度やるべきことをやっていた。
 男は、おそらくこの店で名乗ったことがない。店長以下アルバイトを含む店員たちも、強いて尋ねなかったようだ。
 彼のことは、単に《男》と表記することにしよう。

「はい、日本酒熱燗です」
 目の前に二合徳利とお猪口が置かれると、男は軽く頭を下げた。
「遠慮しないで、もっと広く使ってくださいね」
 飛沫よけの透明な衝立が動かされると、なぜか決まり悪そうに微笑して、再び開いたままの頁に視線を落とす。
 私もまた、カウンターの反対側の端っこで同じように文庫本を開いていた。
 実を言うと、飲みながらの読書はあまり好きではないのだが、無闇に話しかけられたくないときだけ、男を真似て文庫本を開き読むフリをしている。その日は、話が長くどちらかというとタチのよろしくない常連客の姿も見えなかったので、私はすぐに本を閉じてトートバッグにしまい、店員に話しかけた。熱燗二合、だけ? まだ仕事に慣れていない彼女は一瞬キョトンとしていたが、ハッと気づいて
「ごめんなさい、サバの塩焼き通すの忘れてました」
とカウンター席の男に謝った後、もう一度こちらを見て笑いながらペコリと頭を下げる。訊いてみたかったのは、このことで。いつも決まって〆サバを注文していたのに、この日に限って何で焼きサバだったのか。私が気にしているのは、いつだってその程度の取るに足らないことばかりだ。
 同時に、後ろのテーブル席から笑いが起こった。
「おいおい、その前にお通しや」
 新米店員が少し舌を出して頭を掻く仕種をすると、更に笑い声が。
 普段は間隔を空けて置いてあるテーブルが二つくっつけられ、古参客たちが同窓会みたいな雰囲気で和み、かつ少々はしゃいでいる。釣りの話で盛り上がっているらしかった。
「……で、こんくらいのチヌ釣れたわ」
 向かい合わせに三〇センチほど離した両手のひらでサイズ感が示されると、ほお/なかなか/やな。次々に称賛の声が上がる。一人だけつまらなそうな顔をしていたのが
「俺はこれぐらいや」
と、更に一〇センチほど手のひらの間隔を広げて見せる。
「三十年以上前の話やけど」
と前置きした上で、更に大物を釣り上げたことがあると主張する者。
「ンなもんワシなんかやなあ」
 もう止まらない。しまいには、両手をめいっぱい広げて
「これぐらいのチヌ釣ったことあんど」
と言いだす者も。嘘だと決めつけるつもりはないが、少なくともそれ、チヌやないですよね。約二十年前、私がこの店に出入りするようになった頃、既に常連だったらしい見覚えのある顔ばかりだ。
「イタッ!」
 だらしなく通路に投げ出した足を踏まれた《同窓生》の一人が、わざとらしく声を上げる。
「アレぐらいの頃のワシやったら黙ってへんとこやけどな。今はもう、流石にそんくらいのことで文句言うほどガキやないわ」
 言ってるじゃないか。
「すっかり人間がまるなってしもた」
《ガキやないワシ》は、そのまま《昔はワルかった》と語りだす。高校時代のトイレでの喫煙、駅前の《ゲーセン》での揉め事などを巡る独白が続いたが、釣りの話に比してリアクションは薄く。
 テーマが変奏される。煙草が薬物に置き換わり、他愛のない喧嘩のエピソードは焼却炉で人を焼いた話に。ご存命で何よりですが、どこまでいくんだろう。新米店員も、ちょっと不安げだった。
「大丈夫、ここのお客さんみんなやさしいから」
などと、話の行き過ぎを止める意図もあったのか適当なことを言っておいて、
「ねっ」
とカウンター席の男に同意を求めた者があったが、本に没頭している相手は気づかない。もしくは気づかないフリ。
 二、三秒間をおいて、もう一度
「ねっ」
 一音だけの言葉が繰り返されたが、相変わらず男は反応せず。
 しつこく同意を求める古参客は、これが気に入らなかったらしく、舌打ちしてよろよろと立ち上がり。連れの制止を振り切ってカウンターの前まで歩いて来ると、男の肩に手を置いて
「ちょっとアンタ」
と、迷惑そうに振り向いた相手にもの申す。
「けいこちゃん謝ってんねやさかい、ちゃんと聞いたれや」
 衰えた自制心で抑え切れない苛立ちを、これ見よがしの善意にすり替える姿が何やら浅ましく、哀れだった。
 男は、肩に置かれた手をさりげなく、そっと外すと《けいこちゃん》の方に向き直り、本を読んでいて気づかなかったことを詫びる。いきがかり上《けいこちゃん》も、うっかりオーダーを通し忘れたことを改めて詫びると、
「今焼いてますんで、もう少しお待ちください」
と、申し訳なさそうに付け加える。自分は少しも急いでないから気にしないでくれ、といった意味の言葉が返される。
 二人のやりとりを満足そうに眺めていた古参客が、一歩前へ出て口を挟む。
「アンタ、なかなかええとこあるやないか」
 親しみを込めて肩をポン! と叩こうとした相手が席を立つと、空振りになった右手に引っ張られるようにバランスを崩してカウンターにぶつかる。派手な音を立ててビール瓶とグラスが転がり、割れた。
「何してくれんねん! ……てか、おっちゃん大丈夫か」
 男の隣の席でビールを飲んでいた学生が、心配半分の困った顔で言う。《同窓会》仲間の一人が四方に頭を下げつつ、後ろから抱えるようにして《おっちゃん》をテーブル席に連れ戻し、とりあえず事態は収束。トイレから戻って来た男が、何事もなかったように静かに文庫本を開く。
「大丈夫ですか」
 カウンター席の客たちを気遣い、これといって被害のなかったらしいことを確認すると《けいこちゃん》は、ほっとした表情を見せた。
 その日の男は、フライトジャケットの下からボルドーというのか、少しくすんだ色味の赤っぽいスウェットパーカーのフードを出して着ていた。フライトジャケットといっても、いつの間にかすっかり巷に定着した感のあるMA1タイプではなく、仏空軍のものだ。シャツと呼ぶのは流石にアレかも知れないが、防寒着としてはあまり役に立つシロモノではない。暖房の効いた店内でも、男はそれを脱ごうとしなかった。
 学生時代の一時期、古着屋でバイトしていた私は、今でもそんなどうでも良いような部分を仔細に観察してしまう癖が抜けない。いや、正直言うとそのせいだけでもないのだが。確かに、店頭で扱っている商品についての基本的な知識は一通り教わった。アルバイトとは言え、店員にとって欠かせないものだったから。そんな当たり前の知識を持って、来店客や通りを歩く人たちを観察するうち、着ているものから趣味や性格などその人物の人となりが伺えるような気がして面白くなってきた。外見で人を判断するもんじゃない。といった《一般的》な《正論》を聞くにつけ、生来の天邪鬼な性格も手伝って私の妙な趣味は止まらなくなった。バイトも大学も卒業し、社会人としてデビューしてからも、古着に限らず他人が着ている服や持ちものを観察し続けた。多かれ少なかれ誰でもやっていることだろうけど、《趣味》を自任しつつというのは、比較的珍しいのではないだろうか。
 それにしても、男は、この真冬になぜあんな寒い恰好をしていたのだろう。空港で見かける季節感のおかしい人みたいに。以前の彼は、そうではなかった。店に入るとまずコートを脱ぎ、きちんと畳んで、マフラーと一緒に椅子の背板に掛けていたものだ。そんな場面は久しく見ていない。
 なぜコートを着なくなったのかは最近湧いた疑問だが、コートを脱いだとき中に着ているものが一定しないのも、昔から気になるところだった。白いセーターだったり、紺のブレザーだったり、いろいろだったが、たまにカチッとしたスーツにネクタイのこともあった。クリエイターというのか、いわゆるカタカナ職業の人たちに多く見られるように、下は大抵ジーンズかチノパンだったので上下揃いのスーツ姿が珍しく、何だか貴重な場面に立ち会っているような奇妙な感慨すら覚えた。
 冬場に限らず、男の服装は一定しなかった。ラフを通り越して部屋着そのものといった出立で現れる日も多く、夏場は足元がビーチサンダルだったりしたので、たぶん近所の住人だろうと推測できた。ビーサンに短パン、上はTシャツ一枚といった格好で夕方の五時頃、開店と同時にやって来ることもあった。しかも平日に。そのことから、勤め人ではないなと踏んでいた。たまにスーツの日も、これは以前からあったが、きっと打合せ帰りか何かだったのだろう。
 服装とは関係ないが、男はあまりボリュームのあるものを食べなかったから、おそらく既婚者と思われた。
 話を着るものに戻そう。夏は、アロハシャツと呼ばれる類の、派手な半袖シャツを着ていることが多かった。おそらくヴィンテージものだろうと思われるのを着ている日もあったが、ほとんどの場合、そんなに値の張るものではなさそうだった。てろてろのレーヨンシャツ(おそらく一九六〇年代ぐらいの米国製)など、あまり機能的とは言えない、つまり涼しくなさそうなものもあったが、そういうの含め彼の着ているものを観察することは、私にとってちょっとした楽しみでもあった。
 けれども、男については、さっぱり読めない部分が多かったのも事実だ。つい先週まで口を利いたことがなかったんだから当たり前? それはそうなのだが、言ったように私は、着ているものからその人物の《人となり》を推測するのが得意だった。それが、彼に関しては、いくら仔細に観察してもなぜかうまくいかないのだ。ラフな格好でいることが多く、古着が好きらしい。そこまでは良いのだが、テイストというのかスタイルというのか、男の好みは一貫性を欠いているので、単なる見た目を超えて内面までイメージするのは困難だった。
「ンなこといちいち気にせんでええ。キミはこの店の新しいアイドルなんやから」
 また、後ろのテーブル席が賑やかになってきていた。《新しいアイドル》と呼ばれているのは《けいこちゃん》だ。
「まかしとけ、わしらが何でもおせたるさかい」
 ついさっき、カウンターにぶつかってビール瓶を倒した《おっちゃん》だった。
「店でも、プライベートでもな」
「こらこら」
と、《同窓会》仲間がツッコむ。
 そろそろお代わりを頼もうかと思っていた私は、けいこちゃんを呼んだ。
 二十年も通っていると、《アイドル》の代替わりも目撃することになる。私が通いはじめた当時の《アイドル》は、今では立派なお母さんだ。最近は……《アイドル》の人数もめっきり増えた。別に、彼女らを目当てに通ってる訳ではないけれど。
 そう言えば、いつも本ばかり読んでいてあまり喋らないあの男も、《みなみちゃん》にだけは、オーダー以外のタイミングで時折何か話しかけることがあった。彼にしては珍しいことだ。

 待ち人は、約束の時間を三十分以上過ぎてから、ヘこへこヘラヘラしながらやって来たが、用件そのものはものの五分ほどで済んだ。拍子抜けした私は、コーヒーの残りを一気飲みした後、別件があるのでと断って先に店を出た。
 いつもの居酒屋に着くと、カウンター席の読書家は、もういなかった。一時間近く経っているのだから当たり前だ。仕方ない。今日はそういう日なのだろう。
 と、みなみちゃんが、手にした文庫本を厨房の店長に見せて笑いながら
「また忘れて帰りはりました」
などと言っている。たぶん、あの男のことだろう。
 厨房の奥から、返事が返ってきた。
「さっき電話あったよ、すぐ気づかはったんやろ。明日取りに来るって。すまんけど渡したげて」
 男が二日続けて飲みに来るのは、珍しいことだった。


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