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「クラブソーダの夜」

ご存じでしたか? クラブソーダの「クラブ」が、「カニ」の英語だということを。語源の解明だけでなく、なぜ泡立つのかという疑問に答えているのが、この説のすごいところ。つづりまで確認していないので真偽のほどは不明ですが、もし違っていたところで、その場合はカナダドライがいけないのです。

ある晩バーでクラブソーダを注文しようとすると、友だちに似た人が入ってきた。もしかして本人?

「確かめてみましょう」

マスターが、折り畳んだ紙をひろげ、こっくりさんの要領で「そっくりさん」に聞いたところ、「その男性客はキミの友人のハナザカリくんに似ている」。流石そっくりさん!

僕の観察では、本人ではなかった。そいつが持っている楽器ケースはどう見てもテナーサックスのサイズたが、ハナザカリくんはアルト吹きである。怪しい。「この微妙に大き過ぎるとこがね」と言いながらケースに手を触れようとすると、

「ヤメテクレ!」

知らんのか、脱皮したては強度が落ちること/脱皮?/そう、カニといっしょ。この楽器ケースは、ついこないだ脱皮したばっかりや。中はぶかぶかで楽器のすわりが悪いし、表面もふにゃふにゃで頼んない/中の楽器はアルト?/ああ。でも、そのうちテナーになる。これは宿命や

少なくともハナザカリくんにそっくりで、もしかしたら本人かもしれない男は、マイヤーズ・ソーダのグラスを片手に、自分はもともとソプラノサックスを吹いていたのだと言う。 

新月の夜に楽器ケースが脱皮したんや。今と同じで中はぶかぶか、外はふにゃふにゃ。当時の俺は、近所の中学校に歩いて通っとったから問題なかったけど、満員電車に揺られて通学する身やったらどないなっとったか…/ケースが脱皮したせいでアルト吹きに?/そう/脱皮直後のケースの中身はソプラノ?/ああ。でも、ケースがアルト用やからアルトと見なされた/ぶかぶかのケースの中の楽器は、いきなり大きなったん?それとも徐々に…/音楽が生きモノであるように楽器も生きモノや、まいにち同じな訳がない。水ガニの成長といっしょや。でも、ケースしか見てない奴には「いきなり」に見えたらしい。

※炭酸水またはソーダ水の呼称について:

アメリカ合衆国では、第二次世界大戦まで「炭酸水 (carbonated water)」よりも「ソーダ水 (soda water)」の名称が一般的だった。世界恐慌のころには、ソーダ・ファウンテンで売られている最も安い飲み物ということで two cents plain とも呼ばれていた。1950年代には「スパークリング・ウォーター」や「セルツァー水」という呼称も使われるようになる。「セルツァー水 (seltzer water)」という呼称は本来はドイツSeltzers産の発泡ミネラルウォーターの一種を指し、商標の普通名称化の一例である(以上Wikipediaより)。「クラブソーダ」もまた、「カナダドライ」ブランドの炭酸=ソーダ水に付された商標だが、“普通名称化”については微妙なところ。

満月市の屋台で見たボトルは、どう考えてもクラブソーダだったが、結構な値段と妙な名前がついていた。『月光のソナタ』と『ムーンライト・セレナーデ』。月の光を溶かし込んだという割には、少しも黄味がかっていない。「着色料は一切使っておりませんので」。しゃあしゃあと答えるところが余計に胡散臭かったが、飲んでよし、吸ってよし、とのこと。飲むのは分かるが、吸うのはどうやって?「煮詰めて乾燥させると、レモン色の粉末になります」。ほお。

伝統的な西洋占星術において、黄道十二宮上で4つの惑星が十字型に並ぶ“グランドクロス”は凶座相とされます。タロットの場合、大アルカナの16番「塔」のカードは最悪の意味。確かに、これらは急激過ぎる変化やある種の物語の破綻を意味する兆しと考えることができますが、それは物語の<中の人>にとっての話であり、外の人からすれば跳躍のサインとも読めます。どこに?どうやって? 望ましいソフトランディングをイメージすること。どこへ行くんだか、アルトかテナーか分からないサックスのぶっ飛んだインプロが聴こえています。

「着地こそが問題なんや!」。



(2014年 インプロヴィゼーションtp#5)

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