八街市八街に・朝日 陸軍の滑走路跡 5 キャプテン村社 2024年3月3日 17:37 八街に七区稲荷神社集会場にある神社伊橋清左衛門らが創建、2度の移転ののち再勧請、朝日から別の稲荷を移転し今に至る御嶽神社Y字路にある七区稲荷神社がある通りと三里塚方面から千葉市へ向かう街道が合流するところにあり、交通量は非常に多い女化稲荷神社隣には消防倉庫、さらに隣には総武本線の線路が走る物見櫓、青年館、そして神社古峯神社と子安神社改めて見ると賽銭箱が古いものに見える奉納者の名前が刻まれた玉垣と社殿正式には二区稲荷神社と呼ぶ。近くに七区稲荷があるあたり、開拓した順番で名前をつけているのだろう。ここは明治12年に、茨城県の女化神社を勧請して花木健蔵と加藤平兵衛が創建した。かつては別の場所にあり、鉄道敷設に伴い移転したことがわかる。實相院立派な題目塔を備えた寺院本堂境内社の七面天女簡素ながら彫刻が飾ってあった朝日陸軍八街飛行場跡八街市朝日と富里市十倉南部にまたがる飛行場が存在した。当初は偵察飛行の教練所だったが、戦争が進むにつれて実践、そして特攻を行うことになった。終戦後開墾され、飛行場だった頃の面影は見られない。飛行場だった頃の唯一の面影は道路そのもの。碁盤目のように張り巡らされた道路を横切る不規則な街道は、かつての滑走路に重なる。飛行場跡の片隅に荒れた生垣と雑草に覆われた一角がある陸軍司令部偵察隊の碑旧軍関係者の有志によって建てられ、戦場に散った兵たちを讃える文が刻まれていた行った日 : 2023/06/10, 2024/02/10 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #千葉県 #八街市 5