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多古町谷三倉・本三倉


谷三倉地区

妙見堂

かつて無量寺があり、密教系の信仰があったとされる。昭和6年に全焼し現在は集会所を兼ねたお堂が再建されている。

割と綺麗に舗装されている
トイレとパンダ

稲荷神社

付近の神社で宮司をやっている方が案内板を設置しており、多古や香取でよく見かける
拝殿
本殿
扉脇板には龍、窪みに稲荷がいる
鯉の滝登り

本三倉地区

この地区には千葉氏の流れを汲む「五軒党」という家があり、それぞれが堂と泉の井戸を持っているという。

観音堂

町史と照らし合わせると富澤幸右衛門家の観音堂と思われる。立派な石塔がある。立派な宝篋印塔が佇んでいる。この日は知らずに見逃していたが、道路を挟んだ向かい側に石井三郎右衛門家の地蔵堂があるとのこと。

薬師堂

町史と照らし合わせると越川平右衛門家の薬師堂。

向かって右へ降りる坂をお薬師の坂と呼ぶそう
多くの絵馬が奉納されている

他にも、鎌形縫右衛門家の法華堂と遠藤利右衛門家の不動堂がある。不動堂は西徳寺山門脇の「念仏堂」がそれにあたるとのこと。

坂の向こうに田んぼが見える

西徳寺

天武天皇の勅願寺(国の繁栄を祈念して創建された寺院)で、680年に役行者が創建したと伝わる古刹。

Googleマップには、2020年くらいまで六脚の立派な楼門があったことがわかる
この門の向かって右に念仏堂がある
なお、楼門には梵鐘があったそうだが太平洋戦争時に供出させられた
山を切り開いて作ったようにみえる参道
この参道ができたのは「新街道」と呼ぶ人がいるらしい
境内社
愛宕神社
池の中には弁財天
新旧二対の石塔が並んでいる
六地蔵
六地蔵は1976年に土中から見つかたもの
言い伝えによると、若者が力比べのために持ち上げるのに困って埋めてしまったと伝わっている

側高神社

集落西側の入り口にある
ずんぐりむっくりしていて威圧感がある狛犬
作者は南米吉
何らかの部材
鳥居にしてはほぞ穴が複雑に見える
髪塚
出征する夫の無事と貞節を誓い断髪して祈念したものを、戦後埋めて供養した
同じものが山倉大神にも残っている
波と雲がうねる石製扁額

石造物

立地的に道標だろうと思って撮ったものの、刻まれた文字をちゃんと見ておらずよくわからない
集落北側に広がる田んぼ
田んぼの向こうは香取市である

行った日 : 2023/11/11

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