人生で一番カッコ悪く、でも人生で一番自分を褒めたい1日
4月16日(日曜日・晴天)
その日、私はリングの上に立っていた。
熱狂する観客たちの声援が聞こえる。
「オレはなぜこんな所にいるのだろうか?」
そんな事をボンヤリと考えていたその瞬間!
経験した事のない衝撃が顔面に襲いかかってきた。
まるでズッシリとした砂袋を叩きつけられたようだ!
それも一発や二発ではない。
私は何も出来ずロープに追いやられ殴られ続けた。
「な、なんだこれは!?」
この日、私は人生で一番カッコ悪く、でも人生で一番自分を褒めたい1日となったのだった。
………
遡ること4日前の4月12日。
「フクダさーん!メシでもいきましょうよー!」
そんなLINEが嫌な予感と共に届いた。
ワーウォン!ワーウォン!
私の脳内に警告音が鳴り響く。
なぜなら、そのLINEの相手はONE FC初代ウェルター級チャンピオンの鈴木信達さんだったからだ。
何を隠そう、信達さんは格闘技に関してはリスペクトしかないが、人としては最低極まりない男である。
1002個ある悪行の一つを例に挙げよう。
それは信達さんの披露宴に参列した時の話だ。
私は、芸能人の披露宴が行われるような大きな会場に圧倒されていた。
シャンパンを飲みながら、
「え・・!五味選手だ!あ!所選手もいる!!」
と、有名格闘家が参列しているのを見て興奮していた。
と、その時だ。
「続きましてカプセルZ代表のフクダ様よりご挨拶をお願い致します。」
と司会の女性が話し始めた。
「え??聞いてないんですけど?」
とキョトンとしていると、さらにこう続けた。
「フクダ様はマイケルジャクソンのモノマネが得意と伺っております。皆さまどうか大きな拍手を!」と。
もちろん、私はマイケルジャクソンのモノマネなど出来ないし、やったこともない。
信達さんの方を見るとニヤニヤしながら拍手をしている。
や、やられた!!
軽く300人を超えるであろう参列者や、プロ格闘家の選手たちも見守る中、震える足で私はマイクの前に立った。
私は覚悟を決めた。
右手を股間に、左手を後頭部に当てて叫んだ。
「アーオゥ!ポゥ!」
会場にいる全員が一斉に視線を逸らした。
そして、鼓膜が破れたのかと思うような静寂が訪れた。
サイレントヒルよりも恐ろしい地獄、サイレントヘルだ。
この事件を私は、エルム街の悪夢ならぬテルミーホワイの悪夢と呼んでいる。
なぜ、そんなことをするのか?(テルミーホワイ)と。
まぁ、数え上げればキリがないが、
とにかく毎回、会う度にそんな調子なのだ。
しかし、今回はただの夕飯のお誘い。
さすがに何もないだろう。
私は「かしこまりました!」と返信をした。
さて、そして当日。
約束通り美味しいステーキをご馳走になり、
そして2次会へと誘われた。
「フクダさーん!こういうお店を知っておくと良いですよ!」
と、オシャレなバーへと連れていってくれたのだが、
そこで唐突に
「フクダさん体重は何キロですか?」
と質問をしてきた。
その時に
「レディに体重を聞くなんて失礼よ!」
とビンタの一つもかましておけば良かったのだが、とっさに
「64キロですけど・・?」
と、馬鹿正直に答えてしまった。
これがいけなかった!
すると彼は、人生で初めてティラミスを食べた時のような驚きの表情を浮かべてこう言った。
「奇跡だ!!さすがフクダさん!!」
と!
そして、私の肩をバーン!!と叩いて
「ちょうど65キロ級で欠員が出たんですよ!!」
と叫んだ。
私はまさかと思った。
まさかオレを試合に出そうとしているのか・・?と。
今年、50歳になる格闘技経験もほとんどない私を捕まえて?
「こんなチャンスないですよ!」
と、目の覚めるようなクレイジーな一言!
いやいやいやいやいやいやいや!
「相手は26歳の若者ですが、ぶっ飛ばしましょう!」
イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ!
「ちなみに試合は4日後です!」
嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!
「あー、もしもし?65キロ級の相手見つかったよ〜!」
いや、待ってそれ今誰に電話してんの!?
こうして、私はオーディションを受ける事もなく試合決定となってしまった。
さて、それから眠れぬ夜を3回過ごし、早くも試合当日を迎えた。
観客も選手も怖そうな人たちばかりだ。
なぜ、オレはこんな所にいるんだ…!
そんな疑問が何百回と脳内でリフレインする。
そして、いよいよ試合開始が迫ったその時、
ハプニングが起こる。
なんと、金的を守るファウルカップを持っていないと試合に出れないというのだ!
何も聞いてなかった私は
「いや、ちょっと持ってきてないですね。。
申し訳ないですが試合はリタイアということで・・へへへ」
と、これ幸いと荷物をまとめて帰ろうとすると、すかさず信達さんが
「おーい!誰かファウルカップ貸してやってくれー!一番小さいやつで良いから!イヤだろうけどよー!(笑)」
とマイクで叫んだ。
試合直前に金的につけるファウルカップを借りる選手などいるだろうか?
しかも一般公募で、だ。
みんなが「え?オレはイヤだよお前貸せよ」と押し付け合っている。
(もうやめてくれ!こんな生き恥!しかも一番小さいやつで良いとは何事か!)
その後、なんとか神のように親切な方に
「小さくはないけど良ければ・・」
と貸して頂き、そして人生で初めてのファウルカップを付けリングに上がった。
まさか自分の人生でリングに上がる日が来るとは・・
そんなことを思いながら会場を見回した。
すると名前がコールされたので、手を上げで応える。
相手選手と目が合う。
若いし背も高くて強そうだ。
まぁ、でもここまで来たらやれるだけやってやろう!
周りの歓声も徐々に聞こえなくなっていく。
そして、ゴングが鳴り、冒頭のシーンへと繋がっていく。
あっという間に連打されロープ際に追い込まれ、
レフェリーが止めに入った。
私はファイティンポーズを取った。
試合再開と同時に前蹴りをクリーンヒットさせた。
が!
またしても連打を受けてしまう。
しかし、アドレナリンのお陰でダメージは感じないしスタミナも十分!
よし!反撃だ!
と、その時、またしてもレフェリーが止めに入って手をクロスさせた。
(え!?まだ全然やれます!お願い!もう少しだけやらしてくれ!)
私がそう思うと同時にゴングがなり、あっさりとTKO負けが決まった。
私は、正直「まだやりたい」という気持ちと共にリングを降りた。
こんな悔しいこと人生でも滅多にない。
あの時、もっと最初からガンガンいけば・・
そんな後悔が押し寄せる。
せめてファウルカップは用意しておきたかった!
大きめのを!
その時、バーで言われた信達さんの言葉を思い出していた。
「フクダさん。これだけは言えるんですけど、
リングに上がって「やらなきゃ良かった」って言ってる奴をオレは一人も知りません。
やった奴にしか分からない魅力があるんですよ。リングの上には。」
あの時は(じゃあ、オレが最初の一人になるのだな)なんて思っていたけど、今なら分かる。
あの日、リングから見た光景を一生忘れることはないだろう。
リングに上がった者だけが見ることの出来るあの刺激的な眩しい光景を。
こうしてこの日、私は人生で一番カッコ悪く、でも人生で一番自分を褒めたい1日となったのだった。
人生は記憶に残る体験をどれだけ積み重ねていくかで決まっていくと思う。
刺激的でカラフルな人生にするのか?それとも地味なモノクロなまま終わるのか?
私はやっぱり前者でありたいと思う。
もう50歳だからこそ余計にそう思う。
実を言うと、あの日、強引にでもリングの上に立たせてくれた信達さんには少しだけ感謝をしている。
(エピローグ)
あれから4ヶ月が経過した。
そんな私にまた信達さんから一通のLINEが届いた。
「ロサンゼルス行きのこの航空券取ってください。今すぐに」
また頭の中で警告音が鳴り響いている。
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