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社会人博士入学の手引き

私はTech企業でデータサイエンティストとして働きながら、今年の春から社会人博士学生として研究をしています。

このnoteでは、社会人博士に入学するために私が行ったことを紹介・解説します

「社会人博士に興味はあるけど、どうしたらいいかわからない」

そういった方の何かしらの参考になれば幸いです。

自己紹介

社会人博士を目指す方々のバックグラウンドは様々です。

ご自身と私の状況を照らし合わせながら、情報を取捨選択しながら記事を読んでいただくのが良いと思います。

  • 30歳男性

  • 妻、0歳娘との3人暮らし

  • Tech企業でデータサイエンティストとして働いている

  • 修士時代までの専門は合成化学

  • 社会人博士学生としてケモインフォマティクス(化学情報学)の研究をしている

  • 仕事・研究ともにフルリモートで実施

  • 実は今回が2度目の博士課程

    • 日本で修士を取った後、アメリカ大学院の博士課程に入学したが、半年で中退した(この辺の話は別の機会に…

社会人博士という「生き方」について知る

社会人博士学生は研究だけに集中することはできません。

仕事・家事・育児など、さまざまなライフイベントと研究を両立させる必要があります。

その大変さは実際に体験した人にしかわからないため、先人の知恵を借りて擬似的に体験することにしました。

具体的には、書籍とブログ記事を読みました。

情報源を選ぶときは、なるべく自身の状況と似た状況で博士号を取得した方が発信する情報を選ぶと良いです。

参考になった書籍・記事を以下に紹介しておきます。

書籍・記事でのインプットに加えて、身近にいる社会人博士の経験者に話を聞きました。

私の前職には研究所もあることから社会人博士の経験者がそこそこいたので、声をかけて1on1をしてもらいました。

自分が将来どういった生活を送ることになるのか想像が膨らみ、入学準備がやりやすくなりました。

博士課程に入る理由を言語化する

通常の博士課程も大変ですが、社会人博士はまた別のつらさがあります。

仕事や家族との折り合いをつけながら、長期間にわたって研究に向き合い続けなければなりません。

自制された生活を続けるためには、博士課程に入る理由が明確になっていた方が良いです。

例えば私の場合、以下のような観点で考えてみました。矢印の部分が私が実際に考えたこと、やったことになります。

  • どんな研究をしたいのか

    • → ケモインフォマティクスの研究をしたい

  • なぜその研究をしたいのか

    • → 学生時代の専門は合成化学、就職してからはデータサイエンスなので、両者を掛け合わせることで高い専門性を発揮し、自らの人的資本を高めると共に、知を生み出したい

    • → 昔から化学と生物学が好きでワクワクするので、その分野でもう一度研究したい

  • なぜ博士号が必要なのか

    • → 研究者としての国際的な免許証だから

    • → カッコいいから

    • → アメリカ博士課程は志半ばで中退したので、心残りだった

    • → 「足の裏の米粒」的な心理(取っても食えないかもしれないが、取らないと気持ち悪い)

  • 博士号を取った後どうするのか

    • → BigTech / Pharma / Startupでの研究者、データサイエンティストなど、自分のスキル・経験を発揮しやすい業界・ポジションを目指す?(まだ具体的に決まってないです)

  • 博士号取得によって得られるリターンは、博士号取得に投じる時間・費用と比べて見合うものか

    • → 博士号取得のために投じる時間・費用を考慮して、自分の人的資本がどれだけ高まれば成功と言えるのか試算した

    • → 試算が机上の空論にならないよう、市場価値を高めるアクションを具体化した

私が上で書いたことを読んでいただければ分かるとおり、博士課程に入る理由は客観的に正しい必要はないです。

どんな理由であろうと、誰になんと言われようと、自分の中で納得感があり研究生活の支えになってくれればそれで良いのです。

将来的には考えが変わることはありますが、現時点で自分が考えていることを言語化しておくことが大切です。

このプロセスで考えた理由は入試でも質問される可能性が高いですし、自分のキャリアと向き合うキッカケを与えてくれます。

大学院・研究室を探す

次に、行きたい大学院と研究室を探します。

博士課程では基本的に、出願前に研究室の研究主宰者(Principal Investigator, PI)とコンタクトを取ることが求められるため、出願前に研究室を吟味しておく必要があります。

ここで注意したいのは、大学院のネームバリューだけで出願先を選んではいけません。

博士課程における「拠点」は大学院ではなく研究室です。3年以上の長きにわたり、PIと研究生活をともに過ごすことになります。

「一緒に研究したい」「師事したい」と心から思えるPIを見つけることが重要です。

大学院・研究室を探す方法には、以下のようなものがあります。

  1. Google検索を使って研究分野などのキーワードで検索して探す

  2. 論文・書籍を読み、興味のある研究をしている研究者を探す

  3. 知人経由で探す

私の場合、1と2の混合というスタイルでした。

まずはザックリとググってみて、興味のある研究室を洗い出します。

次に、研究室のウェブサイトのPublicationsから論文を選んで何本か読んでみました。

この段階で「興味があるか」「この分野に貢献できそうか」などの観点で考えてみて、行きたい研究室かどうか判断していました。

論文のIntroductionで別の研究者の研究も取り上げられているため、そこを経由して別の研究者にたどり着くこともあります。

今後のステップに向けて重要なのは、その研究室・分野に関する論文を読むことで、PIとコミュニケーションできる程度には知識を蓄えておくことです。

研究室選びに加えて、入試や学費に関する情報収集もしておきましょう。

この段階あたりで入学する決意も固まってくると思うので、職場にも伝えておくと良いかもしれません。

業務の一環として研究に取り組めるよう会社と交渉するのも一つの手です。

それが難しくても、業務量や稼働日を調整できないか事前に探っておくことは重要です(フルタイムで働きつつ残りの時間で研究をするのはめちゃ大変ですから…)。

PIとコンタクトを取る

大学院や分野にもよると思いますが、日本の博士課程では出願先の大学院を一つに絞るパターンが多そうです。必然的に出願先を選ぶ必要が出てきます。

入学前に得られる情報には限りがあります。

なるべく多くの情報を揃えた上で意思決定ができるよう、さらに情報を集めていきましょう。

具体的には、PIとメールなどでコンタクトをとり、面談をお願いしてみましょう。

来期以降に博士学生を募集していて、かつ、学生↔︎研究室のマッチングを重要視しているPIであれば、快く面談してくれるはずです。

PIとは顔を合わせて話すことで、「音楽性」が合うかどうか確かめます。音楽性が合わないと、お互い不幸になるだけですから。

「音楽性」などとボヤッと表現してしまいましたが、具体的には以下のような観点です。

  • PIと自分のやりたい研究の方向性があっているか

  • PIは自分を必要としているか

  • PIと良好な人間関係が築けそうか

  • PIは科学・社会・人に対して誠実な人物か

  • 研究室にはどんなメンバーがいるのか

  • 社会人博士学生は在籍しているか

  • 過去に在籍した社会人博士学生は、学位を取得できたか

  • 研究はどういうスタイルで進めるのか

  • オフラインで通学する必要があるか

  • 出席必須の研究室のゼミ・イベントはあるか

  • 修了要件はどうなっているか(論文n報、講義m単位、など)

  • 修了要件以外に、PIとして博士学生に求める水準はあるか

PIと話をするのはもちろん、可能なら学生とも話をさせてもらうと良いでしょう。

通常の博士学生と社会人博士学生はまったく異なる研究生活を送るため、後者から話を聞ければベストです。

出願先を決める

情報を集め終わったら、いよいよ出願先を決めます。

直感で決めるのも悪くはないですが、なるべく後悔のない意思決定とするため、客観的な視点を取り込める方法を使って決めるのが良いです。

例えば、自分にとって重要な要素をピックアップし、出願先の候補それぞれに対して各要素を満たしているかどうかチェックをつけ、その結果をもとに各候補に対してスコアを算出します。

出願先を決めるために実際に使ったスプレッドシート。実際にはもっと多くの要素があり、それらを総合してスコアを算出しました。

こういった簡易的な分析をするだけでも、ある程度は客観的な視点を取り入れた意思決定ができます。

もっと緻密にやりたい場合は、プロコン分析ヒエラルキー分析などを活用してすると良いです。

私も最後に2つの研究室どちらを選ぶかで迷ったので、ヒエラルキー分析を使ってどちらに出願するかを判断を下しました。

出願先を決めたら、その旨をPIに伝えましょう。

出願しないことに決めた研究室のPIや関係者にもお礼の連絡をすることをお忘れなく。

大学院に出願する

出願する大学院を決めたら、出願の手続きを行います。

出願先の大学院の募集要項をしっかり読み、着実に準備を進めましょう。

社会人は入試対策をするだけでも大変なので、覚悟を決めて取り組む必要があります。

私の出願先では、以下の書類を準備する必要がありました。

  1. これまでの研究概要

    • → 修士時代までの研究の概要をA4 x5枚以内でまとめました

    • → 修士論文のAbstructをいい感じに再構成して提出したので、ほとんど手間はかかりませんでした

    • → 他にアピールできる材料があれば書いておくのが良いです(過去の発表論文、学会発表、受賞歴、職歴など)

  2. 研究計画

    • → 博士課程での研究計画をA4 x2枚以内でまとめました

    • → 研究者としての地力が試される重要な書類なので、気合を入れて作成します

  3. 修士課程の修了証明書

    • → 修士時代の大学に発行を申請しました

  4. 学部・修士時代の成績証明書

    • → こちらも発行申請を行いました

  5. 英語試験のスコア

    • → 過去に受験したTOEICスコアの期限が切れていたので、再受験しました

    • → 私は留学経験もあったため、大きな障害にはならなかったです(久しぶりの受験なので不安でしたが、960点取れて安心しました)

必要書類の取り寄せ、英語試験の受験はリードタイムがあるため、早めに動きましょう。

もっとも重要なのは研究計画の作成です。ここに力を入れるべきです。

合格後なるべく早く指導教官に連絡し、研究計画の作成をはじめましょう。

少し話が逸れますが、指導教官からの指導を受けて研究計画を作成することは、大学院によっては禁止されているのでご注意ください。

それでも、合格後にスムーズに研究に入るためにも、PIとは密にコミュニケーションは取っておくべきです。この辺はPIと相談してみましょう。

研究計画の作成では、論文を最低でも数十本は読んで研究背景を書き、研究のアプローチや期待される結果についてまとめます。

「研究計画に沿ってデータを集めたら論文になりそう」と思えるくらいには推敲できるとベストです。

入試に合格する

出願手続きを終えたら、いよいよ入試に挑みます。

私の場合、入試当日は面接がありました。

これまでの研究と研究計画に関する20分の発表を行い、教授陣からの質問に答えました。合わせて30分程度の面接だったと思います。

大切なのは、発表当日に使用する資料の作成と発表練習を念入りに行うことです。

当日は何らかのトラブルが起こったり、想定外の質問が飛んできたりと、混乱しがちです。準備を念入りに行うことで想定外に耐えうる状態にしておきましょう。

もし入試当日に想定外のことが起きても、慌てず冷静に対処することが大切です。

面接で焦ってウソをつく、知ったかぶりをする、などの行為は研究者としての資質を疑われることになり逆効果です。常に正直&誠実に対応することを心がけましょう。

また、ペーパーテストを実施する大学院の場合は、過去問を手に入れる等して万全の対策をする必要があるのでがんばりましょう

(白状すると、私の場合はペーパーテストはなかったので楽でした…)。

研究生活をはじめる準備をする

無事合格できたら、喜びを噛み締めつつ、入学後の準備をしていきましょう。

まずはPIに連絡し、今後の研究方針を相談すると良いです。

また、論文を毎日読む習慣をつけたり、研究に必要な学問知識を身につけたりと、良いスタートダッシュを切るための準備をします。

理想を言えば、入学前の段階から研究をスタートできるのが理想です。

社会人博士の場合は研究時間の確保が難しく、うかうかしてると在籍可能期間(6年間)まですぐに達してしまいますから…。

忘れてはならないのが、長期履修制度や奨学金への申請です。

社会人博士を3年間で修了するのは難易度が高いので、長期履修制度は検討する価値があります。

奨学金は社会人は利用できるものはほとんどありませんが、特別に設けている大学院もあるので、探して申請すると良いです。


みなさんの人生のなにかしらのキッカケ・参考になれば幸いです。

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