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「情報による不安定性」とは

スマホを持っているかたも多いでしょうが、あなたのスマホは、どこのメーカーですか?

とある女子高生が、スマホを持つときに「中古でもいいからiPhoneがいい」とねだった話を読みました [1]。その理由は「友達がみんなiPhoneだから」だそうです。

このエピソードは、ほかの人の動向を知る=情報を得ることによって、人々の行動が同じ向きにそろってくる例です。ある歴史学者はこの現象を「情報による社会の不安定性」と呼んだようですが、そのあたり、物理学の「イジング模型」というものでモデル化すれば、いろいろと具体的な検証ができるかも?というのが今日のアイディアです(お話の後半)。

歴史学者が「情報による社会の不安定性」を指摘  

SNSをはじめとするコミュニケーション手段の発達によって、他人の意見や行動についての情報が入りやすくなったいま、過剰な情報流通のために、人々の行動が一気に同じ向きにそろいやすい=「情報による社会の不安定性」が生じつつある、という指摘がなされています [2]。

そのことを「情報によって社会が不安定化している」と断じるかはさておき、歴史的な出来事にも、いくつかそういう例があるようです。

★近年の、経済イベントに反応した暴落急騰 [2]。
★「アラブの春」(2010~2012年)= チュニジア、エジプト、リビア、イエメンなどで起きた反政府デモ [2]。そこでは携帯電話やSNSなどコミュニケーション手段の普及が大きな要因として指摘されている。
★古くは室町時代に起きた「一向一揆」= 一向宗の「悪人正機説」によって動機を得た国人・農民たちが、領国支配者層に対して結託し反乱を起こした。(※この項ぼくの洞察による。)
★などなど…

物理的に言うならば… 

この現象は、物理学的に言うならば「協同現象」の一種であり、いわば社会の“結晶化”や“秩序相への転移”が起きやすくなっている状態です。つまり、ばらばらだった分子などの向きが一気にそろうタイプの、相転移に近い現象。

別の言い方をするならば、みなの意見が適度に分散した「柔らかい社会」から、意見・行動が一枚岩となった「固い社会」へと、“結晶化”が急激に進みやすくなっているのが現在である、と言えるのかもしれません。

社会は「イジング模型」でモデル化できそう…? 

協同現象なら「統計物理学」という分野の出番です。

もし、ある問題に対して人々がイエスかノーの意見だけをもつと仮定するなら、社会は、統計物理学の「イジング模型」(Ising model)というものでよく近似できそうです。(※下図、[3]p.29より引用。) 

この物理モデルは、まず格子を考えて、その格子点のそれぞれに up か down の矢印(スピン)を置くものであり、もし矢印が同じ向きならばエネルギーが低いという設定にすると、
・温度が高いうちは、(熱揺らぎによって)矢印の向きはバラバラなのですが、
・温度が低くなると、しだいに隣どうしが同じ向きにそろいはじめる、
という性質を持ちます。

言うまでもなく、upをイエス、downをノーに対応させれば(※逆でもいいですが)、このモデルは、ある問題に対して人々が意見をもっている様子≒社会の一側面をシミュレートしたものになるでしょう。

どのような格子を採用すればいいかについて、もう少し詳しく考えると。
――人々のつながりは、一般には錯綜していますから、複雑なグラフで表されます。しかしどんなグラフでも、必ず(穴というかgenusがいくつかある)2次元面上に描くことができます。ので、人々がつながってできる社会も、2次元面上の格子=あみあみとして表せるはずです。
その格子点にスピン(矢印)をおけば、それらが、ある問題についての社会の意見の分布を表すことになるでしょう(もちろん近似的に)。

さらには、同調圧力が強い社会ほどに、隣どうしが同じ向きにそろったほうがより安定である(エネルギーが低い)とすれば、格子全体としてもやはり、矢印の向きが大規模にそろいやすくなるので、この点も社会の性質をよくとらえそうです。

また仮に、圧政への反発などで意見が一方向にそろいやすくなっている場合というのは、このモデルだと、その方向への外場(磁場のような)が存在する場合に相当していると考えられます。

社会は相転移を起こすか 

すると物理的な観点から興味深いのは、たとえば社会では相転移現象が起きるのだろうか?…という点などです。

上述のように、社会は2次元面上のあみあみ格子で表せるでしょう。そしてイジング模型は、2次元正方格子のときは相転移現象を示すそうです [3]。ですから、やはり社会も相転移現象を示しうるのでは?…とぼくは推測します。

まとめにかえて 

さて、上のようなモデルが社会モデルとして使えることが明らかになれば、逆にその知見から、社会の変化をゆるやかにするための方策も見えてくるのではないでしょうか。というのは、(社会の変化は起きたほうがいいとしても)やはり激変緩和措置というのはあったほうがいいですから。

ここまでの疑問については、future problemとして今後の考察にゆだねたいと思います。やればなかなか面白い解析になりそうですよ?

本日もおつきあいありがとうございました。サイエンス・エバンジェリスト、かのわさびでした。

参考文献
[1] 小口覺、“アップル「意識低い系」マーケティングの正体”(東洋経済オンライン、2019/02/21、3ページ目)。
[2] 玉木俊明、『〈情報〉帝国の興亡ソフトパワーの五〇〇年史』(講談社、2016年);
ウィリアム・H・ダビドウ、『つながりすぎた世界──インターネットが広げる「思考感染」にどう立ち向かうか』(酒井泰介訳、ダイヤモンド社、2012年)。
[3] 高橋和孝、西森秀稔、『相転移・臨界現象とくりこみ群』(丸善出版、2017年)。


理数系の教養は国力の礎。サイエンスのへヴィな使い手の立場から、素敵な科学の「かほり」ただよう話題をお届けしたいと思っています。