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十一代目市川海老蔵

 歌舞伎を見始めて30年以上経つ。好きな役者さん、美しい役者さん、時代を変えた役者さんなど魅力的な役者さんは沢山いたが、「この役者さんと同じ時代に生まれることができて良かった」と思うことができたのは、ただ一人だけ。

 それは、十一代目市川海老蔵。

 歌舞伎を観ない方にとっては、暴力事件に巻き込まれたことや、奥様の小林麻央さんの早逝の印象が強いかもしれない。

 歌舞伎を観る人は、「この役者さんと同じ時代に生まれることができて良かった」という私の気持をわかってくれる人が多いと思う。歌舞伎役者にはよくキャッチフレーズが付く。三島由紀夫をも魅了した美貌を持つ女形の坂東玉三郎には「奇跡の女形(おんながた)」、スーパー歌舞伎で今までの歌舞伎の常識を打ち破った市川猿之助(現猿翁)には「歌舞伎界の風雲児」というように。

 海老蔵さんのキャッチフレーズは「歌舞伎界の至宝」。歌舞伎界のこの上なく大切な宝物というわけだ。

 芸は磨けば、なんとかなるが、彼が持っている「声、容姿、身体能力」は生まれ持ってのもので、本人の努力ではいかんともしがたいものだ。

 私が海老蔵さんをはじめて舞台で観たのは、まだ彼が新之助だった十代の頃だ。超のつく御曹司とはいえ、まだ脇役で「娘道成寺」でその他大勢の坊主の一人を演じていた。だが、その他大勢にも関わらず台詞の声が通り過ぎて、ただ一人よく目立ち、その他大勢には収まらなかった。

容姿

 「娘道成寺」の2、3年あとだったと思う。坂東玉三郎主演の「天守物語」という舞台で玉三郎さんの相手役、姫川図書之助役に抜擢された。繊細な美青年に成長していて、私はすっかり魅了されてしまった。その後「男女道成寺(めおとどうじょうじ)」という男女で舞う道成寺を尾上菊之助と演じたことがある。幕が開いて、舞台に二人が現れた途端、会場全体から「はぁ~」という長い溜息が漏れた。あまりの二人の美しさにだ。100回以上歌舞伎を観ているが、こんなことが起こったのはこの時一度だけだった。

身体能力

 「雷山不動北山桜」という演目で不動明王を演じたことがあるが、身のこなしが神がかりだった。歌舞伎というのは、意外に体の動きが激しくて、蹲った役者さんの上に飛び乗ったりするのだが、他の役者さんだと「どっこいしょ」という感じで乗るのが、海老蔵だと「ひらり」と体の重さが無いかのように動くのだ。

 以前、NHKの番組で特集されていたが、彼は心拍数が通常の人より、少なく息が切れにくいそう。

 海老蔵は名門に生まれたうえに、類まれな資質にも恵まれているのだ。

 また、私生活では、市川団十郎の家に生まれたというだけでも、十分物語の世界の人だが、付き合ったら歯ごたえのありそうな有名女優さんと恋愛し、賢く愛らしい小林麻央さんとの結婚、暴力事件に巻き込まれたにも関わらずあらぬパッシングを受けた。その後、可愛らしい二人のお子さんに恵まれたのもつかの間、奥様を亡くしてしまう。

 そして、今度は十三代目市川団十郎白猿の襲名がコロナ禍のせいで延期となってしまった。

 江戸の守り神と言われていた市川団十郎家には、「にらみ」というものがある。「吉例に倣い、一つ睨んで御覧に入れまする。」と口上で述べて、客席を睨む。これにより邪気を払い、無病息災が約束されるという。

 コロナ禍のいまこそ、新団十郎に睨んでほしいものである。


※ちなみに写真は平成16年の市川海老蔵襲名披露公演の時のパンフレットから。

 

 

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