秋ピリカ応募|海の上の図書館
海の上の図書館は、かつてこの世界を支配したヒトが創ったもので、あらゆる言語のあらゆる智慧が集められている。数多くの為政者や一般市民らが、叡智を求めてこの図書館に引き寄せられ、周辺の海は遠方からもやって来る船でいつも賑わっていた。
それらのヒトがどこへいってしまったのか、司書のウミネコは知らない。今ここにいるのは彼ひとりだ。館長もいなければ訪れるヒトもない。時折、渡り鳥たちが羽を休めに寄るくらいだ。
この図書館では今も蔵書が増え続けている。司書のウミネコは、毎朝書棚を点検巡回している。すると新しい本が、少し背が飛び出した状態で差さっているのを見つけることがある。
司書のウミネコは見つけた本を静かに抜き取り、分類番号のラベルを貼って差さっていた場所に戻す。その場所はいつでも分類番号の正確な位置なのだった。
ある時、司書のウミネコは窓の外に見慣れないものを見つけた。
いつも通りの凪の海に、小さな白い紙で折った小舟が浮かんでいたのだ。
司書のウミネコは窓を開けると、羽ばたいて潮風の中へ飛び出し、近くの空をくるりと飛んでから紙の小舟のもとへ急降下して嘴で捉え、しっかり咥えてまた窓から図書館へ舞い戻った。
それはどう見てもただの紙の舟だった。もうヒトもいないこの世界で誰が折って海に流したのか。そしてなぜ海の上の図書館に辿り着いたのか。
司書のウミネコは濡れている紙を破らないように注意しながら、そっと舟を開いてみた。すると中に何かが書かれていた。
見たことのない文字だった。文字なのかどうかもわからない。ただ、司書のウミネコには理解できた。これは、図書館の分類番号のどれにもあてはまらないせいで書棚に現れることができなかった、まったく新しい智慧なのだと。
紙の小舟が運んできた新しい智慧を手にした司書のウミネコは、自分が今この図書館の館長になったことを悟った。
窓の外に再び目をやると、いつもと変わらない静かな海が陽の光を反射していた。
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