ずぶ濡れになって
踏み出した、水溜まりの中。
映り込む空に落ちていくみたいに、
傾いた地平に溺れるみたいに、
溶け込んだ意識。
向こう側に駆けていく子ども、
その足音を追いかける。
跳ねて、踊り、回る、飛沫は全身を染め上げる。
窓一面を塗り替えるペンキ。
潰された喉から絞り出した声が、キイキイと耳を引っ掻いて。
「開けてくれ」とでもいうように、訴えかける眼差し。
点滅する信号――青。
白く細い傷痕が、膿み始めている。
線はくっきり浮かび上がる。
「ここを切れ」とでもいうように、両手を誘っている。
制止する信号――赤。
踏切の前で待ち続ける。轟音が耳を劈く。
翻る空、嘯いた風、さんざめく光。
世界は一色に塗り潰された。
傘がアスファルトに転がった。
子どもがそれを拾い上げた。
そして笑った、水溜まりの向こう側。
駆けていく足音を追いかけて、虹の橋を渡る。
傘はもういらなかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?