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箱の蓋を開けた女、箱の中にいた猫。

災厄が降ってきた
きみの瞳は砕け散った
思い出せない面影
どこに消えたんだろう
吹き消した蝋燭
ああ、見えないんだったね
鏡の中から伸びてくる手が首を絞める
そうだ、そうやって愛していた
覚えているよその感触

ああ、なのにどうして溶けているんだろう
元の形が思い出せないくらいに
混ぜて、捏ねて、生み出された白い塊

ああ、それをなんと呼べばいいのだろう
もうどこへも帰れないくらいに
爆ぜて、砕けて、散らばった欠片

さあ埋め込もう

川に、窓に、水溜まりに、グラスに、きみの影が映り込む
床に、壁に、天井に、鏡に、きみの形が嵌まり込む

そうだ、形とは後から作られるものだった
そうだ、名とは後から付けられるものだった

だから、これで、いい

チャンネルを回した、聞こえてきたのはノイズだった
形にならないものはゴミ箱の中へ

ああ、きみは、どこへ行った

狂ったように探し続ける
壊れたように迷い続ける
それさえも計算された舞台の上で
悪魔は笑っていた

ああ、ああ、ああ、
どこまで行けばいいのだろう

石はパンにならない(それは自明のことだ)
なのに高台に上らせる、突き落とすかのような素振りをみせる
飛べるかどうかを試すんだ
肩甲骨をなぞりながら耳元で囁いている

「***」

石になればいいのに
それはどこまでも人間らしかった(だから嫌いなのだ)
腐った林檎を投げつけたい衝動に駆られながら
風を解き放った

箱の中に唯一残されたもの
それだけを頼りにしているなんて

傘を傾けながらきみは笑った
眩しそうに目を細めた

――ああ!

見つけたと知ったときに
騙されたと気付いた
そして何より憤りを覚えたのは
それでも手放せないと分かってしまったことだった

きみは傘を回す

喉を突いてしまいたい衝動に駆られた(しかしそれに耐えた)
手を取ってもう隠れないで欲しいと言った
きみはいつも傍にいたのにと答えた

首を絞めてしまいたい衝動に駆られた(しかしそれに耐えた)
その代わりに抱き締めて頭を撫でた
きみはいつものように目を閉じて微笑んだ

その感情には名前を付けないことに決めた
だからもう奪われはしない

(幸福かどうかは自分が決めることなのだから)

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