愛飲愛食、誰が為に
「どんな料理が良いと思いますか?」
君は包丁を持ちながら言った。
「君の好きなようにしていいよ」
「そうですか」
君はゆっくりと皮を剥いでいった。
ピンク色の肉から、赤い雫がぽたぽたと溢れていく。
「水溜まりみたいですね」
「血溜まりって言葉があるじゃないか」
「そうでした」
君は計量カップを持ち出してきた。
そして、傷口に押し当てた。
「勿体ないですからね」
「血液バンクにならたくさんあるよ」
「どこの馬の骨とも分からないものばかりじゃないですか」
「分かればいいんだ?」
「そういうものでもありませんよ」
「選定基準は何?」
「というか、自分でやらなきゃ意味がありませんからね」
「そう。でも何で俺?」
「美味しそうだったから」
「味覚おかしいんじゃないの? いや、視覚かな? それとも嗅覚?」
「おかしいのはあなたの方ですよ。どうして逃げないんですか」
「だって、縛られてるし」
「怖がりもしない。嫌がりもしない。痛がりもしない。おかしいんじゃないですか?」
「そういう反応が見たかったの? きゃー、いたぁーい、やめてぇ、殺されるぅ~」
「すっごくわざとらしいですね」
「わざとだからね」
「もっと痛くして欲しいんですか?」
「君がそうしたいなら、いいよ」
「イカれてますね」
「君に言われたくはないなぁ」
「どうして平気でいられるんですか?」
「好きだから、かな?」
「痛いのが?」
「君のことが。だからね、好きなようにして欲しいんだ」
「……」
「君の幸せが俺の幸せなんだよ」
「それ、放棄してますよね」
「?」
「自分のことを捨ててしまっているんですね」
「そうかもしれないね」
「自分の命を他人に預けるのは、怠慢ですよ。そして傲慢です」
「うん」
「あなたは他人を不幸にすることしかできません」
「いいよ、それでも」
「何を言っているか分かってるんですか」
「俺のために不幸になって」
「……最悪です」
「最高だね。ってことで、どんどん切り刻んじゃって」
「死にたがり」
「それは違うよ。俺はね、君に食べてもらいたいだけ。美味しそうなんでしょ?」
「……」
君は計量カップを俺の口元に押し付けた。
注ぎ込まれる赤い液体。噎せ返るような匂いと、喉に張り付くような味。
「ご自分の味は如何ですか?」
「君に飲んでもらいたかったんだけどな」
「嫌ですよ」
「さっきは美味しそうとか言ってたクセに」
「私は、嫌がっているあなたが見たいだけなんですよ」
「俺は嫌がってる君が見てみたい」
「さっきは『君の幸せが俺の幸せ』って言ってたじゃないですか」
「嘘じゃないよ。俺は、君が幸せになるのも、不幸になるのも見たい」
「悪趣味」
「好きだからね、君の全部が欲しいんだ」
俺は君にキスをした。
「…駄犬、」
「飼い慣らし方が悪いんじゃないの? ほら、解けた」
「え」
俺は君の包丁に手を添えた。
そして、君の太ももに突き立てた。
「あ…いだ…あぁ、うぐぅぅひぎい……!!」
「何て言ってるか分からないなぁ。もうちょっとはっきり日本語喋ってよ。
あーあ、汚い。犬みたいに唾液垂らしちゃってさ」
君は俺のことを睨み付ける。
ぼろぼろ、両目から涙をこぼしながら。
「水溜まりみたい。血溜まりも広がってきてるねぇ」
「あ、あ、ああぁめてくださ」
「舐めてください?」
君はぶんぶんと首を横に振った。
「遠慮しなくていいよ」
「え、んよなんしてなっ、ぁああっ!!」
俺は包丁を引き抜いた。
「これからもっと痛いことするのに?」
君は呆然と、赤い噴水を見つめていた。
「どんな料理が良いと思う?」
「あ、」
ぐらり、と君は傾いた。
「…勿体ないな、」
救急箱を取り出し、包帯で傷口をぐるぐると巻いた。
君はすやすやと寝息を立てている。
「また今度ね」
お揃いの白い包帯が嬉しかった。
鼻歌を歌いながら、俺は街へ繰り出した。
肉じゃがの材料を買うために。
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