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CancerX Story 〜鈴木美穂編〜

今日から、CancerXのメンバーがリレー方式で綴る「CancerX Story」を始めます。
第一回目は、CancerXを最初に呼びかけた共同発起人の鈴木美穂です(トップ写真は共同発起人の5人で、中央が本人)。

わたしのCancer Story

小学生の頃から憧れていたニュースを伝える仕事に就いて3年目、2008年の春。忙しくも充実した日々を送っていた24歳のときに、右胸にしこりを見つけました。しばらくは気にしないようにしていましたが、日に日に大きくなるしこりに不安を覚えて訪れた病院で乳がんが発覚。腫瘍は2つあり、合わせて5センチ。ステージⅢということでした。

祖父母の代まで見ても誰もがんになっていないような家系で、がんとは無縁だと思っていたのに…。小さな頃から元気が取り柄で、「3日間徹夜しても倒れない体力が自慢です」などと言ってテレビ局に入社したのに…。自分ががんになることなんて想像すらしたことがなく、がんの知識も全くなかったので、「私、もうすぐ死ぬんだ」と思いました。

このまま25歳になることも、仕事も結婚も出産も親孝行も、いつか必ずしたいと思っていた世界一周もできることなく死んでしまうんだ…。素人目でも「悪いものが写っている」と分かる画像を前に、当たり前のように想い描いていた未来が突然消えてしまったような感覚がありました。

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少しでも生きられる可能性をあげたい。できることなら右乳房を温存したい。いつか子どもを授かることのできる可能性も残したい。複数の医師にセカンドオピニオンを求めましたが、全員が難しい顔をして右乳房全摘は免れないと言ったので逆に納得しました。そして、まだがん患者の妊孕性について語られることはほぼなかった時代に、治療後に子どもを授かれる可能性もあると唯一言ってくれた医師のもとで、右乳房全摘手術、抗がん剤、放射線治療、分子標的薬、ホルモン治療と標準治療のフルコースを受けました。

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治療中、世の中では同じ24歳で乳がんで亡くなってしまう「余命1ヶ月の花嫁」というドキュメンタリーがドラマ化、映画化され、大流行していました。一方で、若くしてがんになりその後長く生きている人に出会ったことがなく、治療をしていても生きていけるイメージが持てなくて、死んでしまうことばかり考えていました。

父は単身赴任先のバンコクから緊急帰国したまま戻ることはなく、母と妹は仕事を辞めてまでして、支えてくれました。もうあと少ししか一緒にいられないかもしれないから、という気持ちだったのだと思います。

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仕事は8ヶ月間休職しました。周りは楽しそうに働き、遊び、恋愛をしているように見える中で自分だけが置いてきぼりにされている気持ちで孤独と不安でいっぱいな上に、家族の人生まで巻き込んでしまっていることに申し訳なくて仕方がありませんでした。心から笑える日はもう二度とこないような気がしていました。

CancerXに参加したきっかけ

「もし元気になることができたら、自分と同じように辛く悲しい思いをしている人のためになれるようなことがしたい」

治療中、心身ともに弱り切っていましたが、少し前向きに考えられるときには、よくそう思っていました。そして、治療がひとまず一段落して復帰した後、報道記者としての仕事の傍らで、少しずつ活動を始めました。 

若くしてがんになった人に「ひとりじゃない」と思える、生きる希望となるような情報を届けたい。

2010年、仲間を集めて若くしてがんになった人を応援するためのフリーペーパー『STAND UP!!』を創刊しました。それがきっかけでサークルのような団体ができて、設立10年のタイミングで代表・副代表は世代交代させてもらいましたが、今も毎年フリーペーパーを発行し、定期的に交流会なども行い、メンバーは1000人を超える団体になりました。

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STAND UP!!:https://standupdreams.com

誰もが適切な情報を得て納得のいく治療を選べる環境を整えたい。「第二の患者」ともいえる家族も含めて、いつでも駆け込んで相談したり仲間と出会えたりする常設の場を作りたい。

そう考えていた2014年に参加した患者支援をする人が集まる国際会議(IEEPO) で、英国発祥の『マギーズセンター』の存在を知りました。それは、乳がんが再発し余命宣告をうけたマギー・K・ジェンクス氏が考案した、がんに影響を受けた本人や家族などが無料で訪れることができ、専門家が友人のように迎えてくれる居心地のいい空間。これこそまさに自分が闘病中に欲しかったものだと思い、帰国してすぐに日本に設立するプロジェクトをスタートし、多くの方々に支えていただいて2016年、『マギーズ東京』が東京・豊洲にオープンしました。今月5周年を迎えたところです。

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マギーズ東京:https://maggiestokyo.org

マギーズ東京がオープンした頃、本業でも、報道記者として厚生労働省を担当し、医療やがんの取材もしていました。そして、取材をしていても、マギーズの活動を通じても、感じることがありました。それは、がんにまつわる課題は様々あって、それぞれ悩んでいる人、解決したいと思っている人がいるのに、縦割りでもったいないということ。がんに影響を受けた人は、医療従事者や社会、行政、企業などに対して「もっとこうなったらいいのに」「こうしてほしい」と思っていても直接話せる機会はなかなかないし、逆に行政や企業などからは、聞きたい声が聞けなかったり、届けたいものが届かなかったりするとよく相談がありました。

同じ課題意識を持つ人たちが、立場を超えてもっと気軽につながり、話し合うことができれば、解決できることがあるはず。当時、「コレクティブインパクト」という言葉を知り、がんの業界でも「コレクティブインパクト」を起こせないかと考えました。そのためには立場を超えた仲間が必要だと思い、共に『CancerX』の共同発起人となった医師で患者の立場でもあるNaoto(上野直人)、プロデューサーで患者家族の立場でもあるエリナ(半澤絵里奈)、研究者のゆうたん(三嶋雄太)、営業・人事畑で患者家族の立場であるマック(濱松誠)に相談して、今日からちょうど3年前の2018年10月21日、がんに関して志ある活動をしている多様な仲間を集めて『CancerX』がキックオフしました。

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そして、世界で広まっているのに日本では全然認知されていない2月4日の「World Cancer Day」を盛り上げたいと、キックオフから約3ヶ月後の2019年2月、第一回目のサミットを行ったのです。

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今後の展望

手前味噌ですが、『CancerX』は毎年パワーアップし、多彩で多様性に溢れたメンバーに恵まれ、立場を超えてフラットに話せるとてもいいチームで、可能性に満ち溢れていると思います。全員が別で本業を持ちながらのボランティア組織なので、難しさも感じていますが、そんな中でも皆の熱量は、「すごい!」です。

『CancerX』は発足から3年が経ち、課題を共有するフェーズから、実際に力をかけ合わせて解決に向けて取り組むフェーズに移りつつあります。心強い頼れるメンバーとともに、業界内外から信頼され、課題や情報が集まり、社会に必要とされるものを立場を超えて共に生み出していくプラットフォームになれるように大切に育てていきたいです。

そして、がんになっても安心して生きていきやすい社会、がんになっても動揺しない社会を皆で作っていきたいです。

プロフィール

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鈴木美穂 MIHO SUZUKI

認定NPO法人マギーズ東京 共同代表理事/一般社団法人CancerX 共同発起人/一般社団法人日本専門医機構 理事/元日本テレビ 記者・キャスター

2006年慶應義塾大学卒業後、2018年まで日本テレビに在籍。報道記者やキャスターなど歴任。
2008年乳がんに罹患し、2009年、若年性がん患者団体「STAND UP!!」を発足。 2016年には、がん患者や家族などが無料で相談できる 「マギーズ東京」をオープン。行政の検討会委員、有識者としての公職多数。
著書に「もしすべてのことに意味があるならーがんがわたしに教えてくれたこと(ダイヤモンド社)」など。

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