CBL大規模調査報告書

「ん〜〜〜〜、やっぱり明瞭な映像を出すのは難しいね!」

色とりどりの煙を漂わせながら、少し悔しそうな顔で、ボーパル先輩が振り向く。ただでさえ、多分なタスクを抱えているというのに、付き合ってくれた先輩に、申し訳なさから、目が合わせづらい。

「これは私の推測だけどサ、夜八ちゃんの言う未来視ってヤツが、同時間に複数の映像情報を網膜投影してるのかな〜。」

未来視のことを信じてもらえたのが、殊更にありがたかった。なんでも、似たようなことをやってる団体に、心当たりがあるとか…。

「その時の私の認識では、現在のまともな視界を得ていたつもりだったんです…。まさか、まともな情報が1つも得られないなんて…。」

前日のCBL大規模環境調査は深夜にまでおよび、翌日のこの時間でも疲労感が漂っている。モニタの隅に映る時計は、午後三時に差し掛かろうとしていた。分析器やサーバー管理のためか、部屋は少し肌寒い。折れた角に空調の風が当たるたびに、少しヒリヒリした。

「ま、そんなに気にすることないよー。どのみち、調査の研修として連れてく事が目的だったしね!」

「そうは言いますけどぉ…。」

「それか、いっそ記録用の義眼でもつけちゃう?大丈夫、痛いのは最初だけだヨ…。」

「ぎ、義眼ですか…?元の目はどこへいくのでしょひょわっ!」

へんな想像をしていたせいか、後ろで扉の開く音に過敏な反応をしてしまった。それとも、昨日の探索の緊張感が、抜けきっていないのかもしれない。振り向くと、部屋の外から流れこむ暖かな空気が、香ばしい紫煙を燻らせていた。

「失礼。ボーパル先輩、むやみに新人を怖がらせないでください。それと、1班から3班までの網膜投影映像、軽くまとめてきましたよ。」

「流石、仕事がおはやい!夜八ちゃんは除くとして、全員分そろったかなー?」

「うぅ、すみません。」

「まさか、ずっとノイズ映像の解析を…?」

「途中から意地になっちゃってねー。結論、大元から対処しないと、時間とコストかかかりすぎちゃうかな…。」

「ごめんなさい…貴重なお時間を…。」

「ま、しょーがない事もあるよ。ざっくり触った感じ、映像演算処理機を直接神経接続でもしないとダメそうだし?いきなりソレは、ハードル高いからねー!」

「はいぃ…。」

ひたすら項垂れていると、ふぅーと白い息を天井に吐き、それから中腰に目線を合わせる機影が1つ。
目が合った瞬間、とても綺麗な瞳だと、場違いながらに思った。


「情報ってのは、なにも電子媒体の記録が全てじゃない。現場の匂い、温度、空気感、その場で飛び交う感情。そういう、映らないものってのが山程あるだろう。お前は、昨日の調査中に、なにも感じる事はなかったのか?それとも、文字の読み書きが出来ないって訳じゃあないだろ?」


目線を通して、何か熱いものが流れ込んできた。そんな気さえした。

そうだ、その通りだった。なにをアニメの録画に失敗した子どもみたいに、うずくまっているのだろう。なんて情けない。頷いて、頬を打つ。

「ナタリア先輩、ありがとうございます!ボーパル先輩も、付き合ってくださってありがとうございました!私、報告書、仕上げてきます!」
体に残る疲れなどもう忘れて、自然と早足になっていた。

「ナタリアちゃん、やさしーいー。」

「うじうじしてるヤツ、嫌いなんですよ。イラついてきたんで、咎めただけのことです。なんですかその顔は…。」

「なんでも?」

「なんでもない顔じゃあないでしょう。」


***

廊下に出ると、春めいた陽気が窓から差し込んでいた。
(まずは、思い出せる範囲で箇条書きにしよう。それから資料室にもよって…。)
ふと外を見ると、黒猫が気持ちよさそうに昼寝をしている。
(かっかわっ…もふりに…いやいやダメダメ!先に報告書!それと、課長にアレも提出しないと…。)





配属先希望申請書   夜八
希望先:情報係

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