コンビニ(小説)

午後10時。彼は黒のTシャツにジーンズ、風呂上りなのか濡れた髪でコンビニに入って来たんだ。

最少のアイテムなのに、めちゃかっこいい。ファッション誌とビール2本買っていった。

肌なんかつるつるで、瞳が少年のようにやさしい。30くらいだと思うんだけど。

私は毎日待ったよ。またあの人が来ないかって。

そしたら、次の週の同じ曜日にまた来た。

サンドイッチとビール2本買った。

財布からお金を出すとき、まじまじと見たんだけど、とっても指がきれいなの。

その晩、ベッドの中で、私は彼の指でめちゃめちゃにされる想像をしながら自慰にふけっていた。

朝起きるのが楽しくなった。お客さんに大きな声で話せるようになった。それまでの世の中とは違うんだ。生きてるってすばらしいんだね。ただ、生きてるというだけでも。

今度は三日たって、また来たの。いつものように夜遅く。でもすごく酔っているみたいで、顔なんか真っ赤でなんかクールじゃない。それで雑誌の売り場へ行って、エッチな本読んでるの。ていうか、見てるの。女の裸のグラビアばかりパラパラと。それで、何冊も。よし、今夜のおかずはこれに決めた、って感じで私のいるレジにアイスと一緒に持ってきて、880円ですって言うと、千円出して、受け取ったおつりを落としたの。カラカラって音がして、それを赤い顔して拾って、私の気持ちもカラカラって崩れてしまって。

やっぱり私って男を見る目ない、なんて思っていたら、二日後にまた来たの。

それで友達三人で来ていて、話を聞いていたらM商事の社員だったの。えっ、すごい、って思って。よく考えたら、男の人が酔ってHな本買ってくなんてよくあることだし、むしろかわいい。やっぱり、あの人素敵だって思って、また好きになっちゃった。

毎日毎日その人のことを思って、気分がウキウキしたり沈んだり(私じゃつり合わないと思って)。

そしてまた数日して来たんだけど、コレが超ショック。

雑誌といろんな食べ物と一緒に買ったのが、コンドーム。なんか、馬鹿やろう!って思った。よく考えれば避妊のこと考えてくれて、ありがとう!なのかもしれないけど、私が相手じゃないから。

こんなかわいい女がレジやってるのに、よくそんなもの買えるな。て言うか、私のこと女だと見てない?あっ、そう。

その日は8時で上がりだったから、ゆいと飲みに行った。

なんかチョット荒れた。

酔ってるな~と思っていると、何と彼が入ってきたんだ。

びっくりだよ。しかもなぜか一人だよ。

彼はカウンター、私らはテーブル席。ゆいからは見えないけど、私からはバッチリ丸見え。

やっぱり素敵なんだ。グラスを傾けて口に当てる瞬間が、もうたまらなく素敵。

イカの丸焼きなんか食べてる。私も好きだ。なんかお祭りを思い出した。一緒に行きたいな。

おしんこなんか頼んでる。素朴でいいな。普通が一番だよね。普通に結婚したいな、なんて。一流商社マンだもんな。私とはつり合わないかな。でも商社も今は良くないって言うし。こんなに若くてかわいいんだから、私の方がむしろ上じゃん。

もうゆいがなに言ってるかも耳に入らなくなっていて、私は彼だけを見つめていた。ビールがどんどん進んだ。危険水域に突入した。

私は席を立ってカウンターに歩いて行き、彼の隣に座った。

「こんにちは」

「ああ、こんにちはっていうか、こんばんはだね」

「こんばんは」

「飲みに来たの?」(見りゃ、わかるだろ。)

「そうです」

「ふ~ん」

「向こうで友達と飲んでるんです。良かったら一緒に飲みませんか」

「いや、悪いからいいよ」

「悪くないです。来てください」

私が目を見つめたままそらさなかったので、その勢いに押されたのか、彼は私たちのテーブルに来てくれた。

軽く自己紹介したりしたが、彼とゆいが笑っているだけで、私は真顔だった。だいぶ酔っていた。突然、胃の中のものが逆流してテーブルの上にぶちまけられた。私は咳き込んで、くさい臭いを撒き散らし、涙を流した。ゆいに連れられてトイレに行き、まだ気持ちが悪いのでのどに指を突っ込んで何度も吐いた。

涙がぼろぼろ流れた。苦しかった。最悪。最低。

トイレから戻ると、テーブルの上はもうきれいに片付けられていた。

彼が店の人に謝っていた。彼は常連らしく、店の人も笑って、いいよ、と言っていた。頭の中にじょうれんの滝という言葉が浮かんだ。石川さゆりの「天城越え」の歌詞に出てくる。あのじょうれんって、どんな字だっけ。三人で外に出た。

「ほんとにすいませんでした」ゆいが彼に謝った。

「いいんだよ、第一、君が吐いたわけじゃない」

といって、私のことを見て笑った。私は酔ってるのと、気持ちが悪いのと、彼と一緒に居て高揚してるのとで、わけがわからなくなり、突然口走った。

「さっき、コンドーム買ったでしょ」

はあ?と言う顔で、二人が私を見た。吐いた上に、何いってんだコイツ、と言う目で。

「あれ、私に使ってください」

ゆいの目は丸くなっただろう。私は見ていなかったが。

彼はあっけにとられて私を見て言った。

「え?」

「これ、愛の告白です」

「・・・・」

「こんなかっこ悪いの初めてだけど、だけどほんとに本気」

それでどうなったかというと、二人は付き合うことになった。

あのコンドームは誰のためということもなく、いざというときに持ってないとやばいから買ったのだと言う。

私はそれを信じていないが、別にかまわない。

吐いたあとで告白した相手と付き合ってくれるのだから、相当心が広いか、もてないか、私が大好きかだ。どれが真実でも私にはOKだ。


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