1980年のクリスマス(小説)
1980年のクリスマスは住み込みで働いていた新聞店で過ごしました
従業員は新聞奨学生と呼ばれる予備校生や大学生です
新聞配達をするかわりに部屋と食事と学費と給与が支給されます
皆さん理由は様々ですが主に経済的事情により
家を出て働きながら勉強しているのです
皆さんの実家は北は北海道から南は沖縄まで
東京での生活は不安でしたが
家族のような仲間に囲まれてとても楽しい毎日です
新聞店を経営するのは所長です
所長家族は、所長・奥さん・男の子二人
新聞店の2階に住んでいます
従業員は3階に住んでいます
1階は食堂と作業場
4階は会議室です
クリスマスイブは食堂で楽しいクリスマス会です
奥さんが腕を振るったご馳走が並びます
従業員も家族のように仲良く楽しそうです
私はクリスマスケーキを一口食べました
あまりおいしくありませんでした
隣に座っていた唯一の女子学生に
「これ、あんまりおいしくないね」
と言いました
「バタークリームだからだよ」
彼女は小声で言いました
そうか、生クリームじゃなくてバタークリームだからおいしくないのか
別にどうということはありません
ケーキよりもビールのほうがありがたい人たちばかりです
それでもみんなケーキを口にして少し不満気な様子ではありました
そのとき唐突に所長夫婦の子供が
「僕のウチのケーキ、こんなクリームじゃないよ」
と言いました
「もっとね、おいしいクリームだよ」
と言いました
「馬鹿、何言ってるの!」
と所長の奥さんが慌てて止めました
従業員とのクリスマス会のケーキはバタークリーム
その前に家族で食べたケーキは生クリームだったようです
それまで盛り上がっていた席が
なんとなく静かになりました
テーブルの端にすわっていた学生が椅子を引いて立ち上がり
黙って階段を登って自室に帰って行きました
その向かいにすわっていた学生も
「ごちそうさま」と言って
席を立ちました
まだ飲み足りない二、三人の学生を残して
みんな次々に部屋に戻って行きました
明日の朝も暗いうちから仕事です
寒い日が続くけどみんながんばってね!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?