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リビングの時計を外したら

1か月ほど前からリビングの時計をやめた。
電池がなくなってきたのか、最初は3分遅れぐらいだったけどいよいよ15分遅れになった。さすがに引き算をする限度を越したなと思って電池を変えるために壁から外した。

ボタン電池は大きな電機屋さん(〇〇カメラ)に行かないとないタイプ。生活必需品のはずだけど「ま、いっか」と電機屋さんを毎回素通りしてしまう。そんなこんなでパッとすぐには正確な時間がわからない生活が1か月続いている。

これもいい。お休みの日はこれがいい。と思い始めた。

最初はご飯を食べたあと、時計のあった壁を無意識に見てしまっていて苦笑い。「あ、ない。何時かな?」時間が気になる。「もう〇時だから…」と『時間』が次のアクションを無意識に支配していた。

時計がない生活は自分の感覚で時間を使うことができる、ような気がしてる。子どもの頃の感覚に似ているかも。

おなかがすいたからごはんを食べたくなる。ちくちく針しごとをしていると夢中になって。。。ずっとやってるけど何時なんだろう。本を読んでたらあっという間に日が落ちてきた。洗濯ものを入れよう。お風呂に行かないといけない時間なんてないもんね。

しばらくこの生活を続けようかな。仕事に行く日は、朝に腕時計をしたらだいじょうぶ。たわいもない日常のできごと。




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