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人の運動システムの理解の仕方(その4)-2つの視点

 ここまで「人の運動システムを機械として理解する」ことについて述べてきました。
 「人の体を機械として理解する」ことは、医学一般やリハビリテーション医学においては、病気や障がいの原因を仮定し、評価し、治療に繋げることにとても効果的です。
 でもこの見方は脳性運動障がいの分野ではうまくいきません。この考え方では、壊れた脳細胞を治して麻痺を治そうとします。あるいは「使われていない脳細胞が沢山あるので、運動感覚を入力して、使われていない脳細胞に正しい(健常者の)運動を学習させる」と考える人達もいます。この考え方が日本に入ってきて半世紀以上経ちますが、未だに麻痺が治ったという科学的報告はありません。
 治療の基本方針が、「悪いところを治してできるだけ元に戻す」といった方針を持っているので、「元に戻す」という発想から抜けきれないのです。
だから「元に戻せない」現実に直面すると、「俺の技術が未熟なせいだ」などと自分を責めるセラピストが出てきます。患者さんは患者さんで、「私の努力が足りないから、治らないのだ」などと自分を責めます。
 どうも目指す方向が違うのです。治せないものは治せないのです。またその手段も間違っているのです。でも他に選択肢がないせいか、ひたすら「元に、健常に戻す」という方向性を持ちます。
 こうなると努力を続けるセラピストと患者さんの組み合わせはいつまで経っても届くことのないゴールを目指して時間を費やしてしまいます。
 またひたすら「健常の状態に戻す」という目標は、健常者への同化主義にもつながります。「障がいのある人は人一倍努力して、健常者の様に普通の日常生活が過ごせるようになるべきだ」と言ったものです。これが多くの障がい者を苦しめることにもなりました。
 現実に医療で治らないものは沢山あります。筋ジスの子どもたちや先天性の整形疾患など沢山あります。普通に認められていることです。
 しかし脳性の運動障がいだけは、治ることを前提にリハビリが行われてきました。おそらくその理由は、脳をコンピュータの様に考え、「脳の中に正しいプログラムができれば、きっと健常な運動ができるに違いない」という幻想のせいだと思います。
 そもそも人が作り出したに過ぎないコンピュータ、現在の技術と知識で制限された機械に過ぎないものをモデルに人の脳の働きを理解すること自体、変な話です。「どう見ても複雑な人の体を、どうして自分たちが作り出した単純な機械で理解するのだろう?」
 実は西洋文明の根底には「人のからだは神(あるいは自然)が作り出した機械である」という思想が流れているようです。「人間機械論」というそうです。まあ旧約聖書などには、「神は土から人を作った」などと書かれていますね。
 デカルトの影響が大きいともいわれています。デカルトの方法序説には、脳の中の松果体は神との通信機であるみたいなことが書いてあって、昔これを読んだときには「うぉっ、ロボットみたいで格好いい!神様、やるなっ!」と単純に思ったりもしました。我ながらガキですね(^^;)
 まあ、もし子ども時代からこのような思想に触れていれば、「人は神あるいは自然が作った機械」と当たり前に受け止めるかも知れませんね。
 また現在では、子どもの時からたくさんの動く機械に囲まれています。柱時計や目覚まし時計、後にはデジタル時計。ブリキの歩くロボットのオモチャ。自動車。洗濯機、テレビ、冷蔵庫など・・・・
 生まれたときから機械をごく身近に感じていれば、人の動きの仕組みは機械をモデルに想像することはごく自然のことに思えます。「人のからだはちょっと見、複雑な機械だが、その構造と各組織や器官の役割や働きを知っていれば、機械を修理するように人を治すことができる」と考えても不思議はないように思います。

 さて、話が逸れてしまいました。元に戻ります。
 ここまでは学校で習う要素還元論の視点から人の運動システムを理解してきました。これは機械を理解するように人の運動システムを理解します。つまり構造とその構成要素、各部位・組織・器官の役割を理解して脳内に人の身体の設計図を作ります。
 これを基に「悪いところを見つけて治す、元に戻す」というアプローチをする訳です。
 このアプローチは医療やリハビリの整形疾患などでは非常に有効で効率的な方法です。これによって医学やリハビリは世界にその価値が認められたのです。
 しかしリハビリの脳性運動障がいの分野になるとどうもうまくいきません。それは脳をコンピュータの様に理解して「治して元に戻す」アプローチを目指すからです。
 でも人の運動システムの作動は、コンピュータがロボットの体を動かすような仕組みで作動しているのとは随分異なっています。学校で習う設計図で、どうも脳については間違っているのです。
 簡単ですが、ここまでの要素還元論のまとめです。
 次回から、システム論の視点に立って、人の運動システムを理解してみます。(その5に続く)

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