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人の運動システムの理解の仕方(その7)

 前回障がいを持つと、身体リソースが低下あるいは失われ、身の回りの環境リソースを利用できなくなり、情報リソースが不適切あるいは失われます。結果、課題達成のための運動リソースの利用の仕方である運動スキルが貧弱あるいは失われます。
 結果、様々な必要な生活課題が達成できなくなります。
 そうすると、リハビリでまずやるべきことは、「改善可能な身体リソース」はできるだけ改善することです。利用可能な身体リソースが増えることは、達成できる生活課題を増やす可能性を増します。
 たとえば簡単にセラピストが増やせる身体リソースは、柔軟性や活性化による筋活動です。あるいは痛みなどの負の身体リソースの改善です。
 この場合よく質問されるのは、「改善可能な運動リソースをいろいろ改善するのは時間もかかるし大変ではないか。学校で習ったように弱った身体リソースを見つけてそれだけを改善するほうがどう考えても合理的ではないか?」です。
 確かに合理的に思えます。でも筋力低下のような身体リソースを見つけても、すぐには改善できませんし、麻痺があれば筋力改善の可能性は非常に低くなります。見つけたからそれで改善できるわけでもないのです。それにたとえば人がどんな運動スキルを生み出すかはセラピストでさえ簡単に予測できないものです。利用可能な身体リソースが多いほど、新たな運動スキルは生まれやすいのです。
 たとえば片麻痺の方の寝返り・起座練習を考えてみましょう。
 ベッドサイドで健側への寝返りから起座の練習をします。まず健側肘で支えるために重心移動して上半身を肘の上まで持っていこうとしますが、患側の上肢や体幹は弛緩して「水の重り」として患側へ健側半身を引っ張るため、なかなか引っ張り上げることができません。
 原因としては患側の麻痺のために筋力が失われているからです。でも筋力強化しようと思っても麻痺があったら筋力は簡単には改善しません。その場合、低下あるいは消失した運動リソースが分かってもどうしようもありません。いくら合理的な道筋としても改善できなければ意味がありません。機械なら交換すれば良いのですがね(^^;)人ではそうはいかないのです。
 健側上肢を鍛えれば別の可能性は出てきますが、少し時間がかかります。
 一方、柔軟性ならその場で改善できます。たとえば脳性運動障害でも、上田法という徒手的療法ならその場で全身の柔軟性を大きく改善します。そうすると体幹の運動範囲や重心の移動範囲が広がります。それだけで肘の上に重心を持って行きやすくなります。
 またベテランのセラピストなら片麻痺患者さんが寝返り・起座の時、どのような運動スキルを用いるかを良く知っています。それでその運動スキルを指導します。
 たとえば予め健側上肢で患側上肢を健側に寄せておくと重心移動が楽になります。もう一つは健側下肢で両下腿をベッドの端から出しておくことです。ベテランセラピストは片麻痺患者さんが生み出す新たな運動スキルを経験的に学んでいるのです。
 そうすると上田法で柔軟性を改善した後に、頭を健側へ重心移動しながら上半身を肘の上に乗せます。同時にベッド端から出した下腿が重りとして上半身の起き上がりを助けるようなモーメントを生み出しますので、力が弱くても起座を助けてくれます・・・・
 といった風に、一つの課題は筋力という身体リソースの代わりに柔軟性やそれを補ういくつかの運動スキルの併用によっても達成できるのが人の運動システムの特徴なのです。
 だからむしろ改善できる身体リソースはできるだけ改善しておけば、思いもかけない新たな運動スキルが生まれたりもする訳です。たとえば筋ジスの子どもたちは、失われた中枢関節周囲の筋力の代わりに、柔軟性と関節の靱帯や構造による制限を利用して独創的な歩行の運動スキルを生み出します。あんな歩行スキルを生み出すのは、筋ジスの子どもたちだけです。
 片麻痺の方は、動かない患側下肢を分回しという運動スキルで歩き始めます。この時体幹や股関節の柔軟性を改善すると、運動と重心移動の範囲が増えて、振り出しが大きくなり、歩行パフォーマンスはぐっと改善します。
 筋力という身体リソースの代わりに柔軟性という身体リソースを置き換えて新たな運動スキルを生み出すわけです。
 筋ジスの子どもたちや片麻痺の方の歩行をセラピストが「異常歩行」などと呼んだりしますが、大変失礼なことです。筋ジスの子どもたちの筋力低下を治せない、片麻痺の方の麻痺を治せないセラピストが「なにを言うか!」と思います。
 麻痺や筋力の消失した体で、自らの体に利用可能な運動リソースを探索し、大変な努力と試行錯誤の結果、歩行という課題の達成のための新たな歩行スキルを創造されたのですから。
 健常者と形が違うからとか、もっと努力して健常者に近づけ、などというのは大変失礼な話です・・・

 ごめんなさい、少し話がずれてしまいました(^^;)
 今回は「改善可能な身体リソースはできるだけ改善しましょう」ということでした。人の運動システムは、利用可能な身体リソースを用いて、セラピストが想像もしない新たな運動スキルを生み出すことがあるからです。セラピストの頭の中の身体の設計図など軽々と超えてしまうのです。
 次回は環境リソースや情報リソースを豊富にすること、それから運動スキルの多彩化の話をします。(その8に続く)

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