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運動スキル学習-運動スキルが創造されるまで(その5)

4. 新しい運動スキルへの切り替えと熟練の段階
 CAMRの治療方略では、「運動リソースの豊富化」と「運動スキル学習」は常に並行して継続して実施することが普通です。
 前回も紹介しましたが、板跨ぎという課題はたとえば高さ4センチ、前後幅30センチの板の上に軸足を置きます。そして反対の脚で板の前後の床を後ろから前へ、そして前から後ろへと交互に接地させます。
 そうすると軸足では上下4センチ、前後30センチの範囲で「支えながら重心移動を行う」という働きが求められます。振り出し脚では「持ち上げて前あるいは後ろに接地時に重心移動して支える」と「前後へ振り出すときには、床を踏みきる」といった働きが求められます。もっともこれは下肢だけではなく、全身を使って振り出す力でもあります。
 もし上肢で支えないでこれらをすると、「常に重力と床の間で体を安定させる」という基礎定位の働きも求められます。
 このような複数の複雑な運動スキルの協調が求められながら、同時にそれらに関係する筋力や柔軟性、持久性を豊富化します。また身体と環境との関係に関する運動認知を適切化するわけです。
 更に振り出し脚に重垂ベルトを巻いたり、背中に重りを背負ったり、板の厚さや幅を大きくすることによって、より大きな力を求めるような条件の変化を行います。
 この課題を繰り返すとどうなるかというと、必要な運動スキルは次第に熟練し、同時にそれに関係する身体リソースも豊富になってくるということです。
 そうすると運動リソースと運動スキルの間の関係が変化してきます。最初は利用可能な運動リソースを見つけて運動スキルを生み出していたのですが、運動リソースが豊富化してくると、それを利用する運動スキルも「増えた運動リソース」を更に利用しようとして運動スキル自体が変化してきます。材料が変化するとできあがる製品が変化するようなものです。
 分回し歩行の運動スキルで見てみると、最初に生まれた分回し歩行の運動スキルは、「健側下肢へ重心移動しながら浮いた患側下肢を健側全体で振り出す」ものです。これでは歩行の一サイクル毎に一旦停止して、また新たに次の一歩を踏み出すといった具合です。
 しかし柔軟性が改善し、健側下肢の支持しながらの重心移動と続く蹴り出しに関する筋力が豊富化してくると、前方への一歩が大きく力強くなり、推進力が増してきます。そうすると運動システムはこの前方への推進力で生まれた「慣性の力」を運動リソースとして利用するようになります。つまり前進の推進力が大きくなるにつれて、患側下肢の振り出しはその慣性の力で自然に振り出されるようになってきます。
 そうなるとそれまで弧を描いて前方へ振り出されていた、いわゆる「分回し」ではなく患側下肢はより直線に近づいた弧を描いて前方へ振り出されます。もはや体幹の伸展などはほとんど必要なく、ほんのわずかの重心移動で歩幅も歩行速度も大きくなって、歩行パフォーマンスはおおいに改善していきます。
 通常片麻痺後に現れる歩行スキルは、「分回し」、「伸び上がり(健側下肢がつま先立ちになり患側下肢を前方に振り出す)」そして「引きずり(健側下肢を大きく前方に強く速く振り出すことで患側下肢を引きずり出す)」の三種類です。
 「分回し歩行」の運動スキルは前方への推進力を増すことで「伸び上がり」や「引きずり」と複合したような形で新しい運動スキルへと切り替わるわけです。まだ名前はついていませんが、「加速型引きずり歩行」とでも名づければ良いのでしょうか。ゆっくり歩いているときは分回しでも、速く歩くと引きずり歩行になるわけです。
 つまり人の運動システムは、より安全、より効率的な運動スキルが生まれると従来のものから状況に応じて新しい運動スキルに自然に切り替わり、熟練していくのです。
 「健常者の歩行に近づける訓練」を標榜している人達が、その結果として示している歩行の動画を見ると、最初分回し歩行をしていた人がこの加速型引きずり歩行に変化されている動画を見ます。まあ、確かに「健常者の歩行に近づいている」と言えなくもありません(^^;)でも基本は全身の運動リソースの改善に伴う分回し歩行からの運動スキル変化でしょう。
 患者さんによっては、「元気な頃のように(健常の時のように)歩きたい」という希望を言われます。こんな時には、僕自身も「麻痺は治らないので丸っきり元気な時の歩き方には戻りませんが、それでも今よりは速く、今よりは力強く安定して歩けるようになります。それなら多少ご希望に近づけると思います。そういう目標で良いですか?」などと答えたものです(その6に続く)
※毎週火曜日にはCAMRのフェースブックページに別のエッセイを投稿しています。
 最新作は「運動課題を達成するのは、筋力ではない!-運動スキルの重要性(その7)」
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