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人の運動システムの理解の仕方(その11:最終回)-2つの視点

 前回は筋力などの重要な身体リソースが失われても、運動スキルを生み出す能力は失われていないのではないかということについて述べました。

 実際に多くの重度の障害者でも、残された身体リソースや新たな環境リソースを用いて課題達成のための独自のやり方を生み出していることを目にします。

 頸髄損傷の方が、電動ベッドの背もたれと身体の柔軟性を上手く使って靴下を履く運動スキルを生み出されます。腰髄損傷の方が床から車椅子に乗るための運動スキルを身につけたりされます。前々回の環境リソースのところでも説明しましたが、脳性運動障害の四肢の重度麻痺の方が、体幹を支持する装置と顎でコントロールできる装置を備えた電動車椅子の操作方法の学習で、移動のための運動スキルを獲得できました。

 多くの障害では、この運動スキル創造の能力は失われていないのです。

 だから利用可能な身体リソース・環境リソースをできるだけ豊富にし、適切な運動課題を提供することによってそれらを使って情報リソースを常にアップデートして、創造的に運動スキルを患者さんに学習し、獲得してもらう可能性があるのです。

 だからCAMRではこれまで述べたように、まず運動リソースをできるだけ豊富にすること、そしてそれらを使って新しい運動スキルを生み出す運動スキル学習を工夫することがセラピストの主な仕事になると考えてきました。

 運動リソースの豊富化で考えると、まず身体リソースでは柔軟性や痛みは徒手的療法でその場で改善可能な場合も多いです。いわゆる筋繊維を太らせるような筋力強化は少し時間を要しますが、使われていない筋の活動性を高めることもその場でも改善されます。

 改善した柔軟性や筋力を患者さん自身に認知してもらうために、いくつかの運動課題を実施して情報リソースをアップデートします。その上でなんとか可能で必要と思われる運動課題を設定して実施してもらいます。身体リソースが不十分であれば、杖や手すり、家具、補助具などの環境リソースを提供して、それらを利用して課題達成するための工夫を患者さんとセラピストで協力して経験し、新しいあるいは適切な運動スキルを生み出す学習をしていくわけです。

 これがシステム論を基にしたCAMRのアプローチとなります。

 学校で習う要素還元論のアプローチではこれまで述べたように「悪い部位や要素を探して、それを治して元通りに近づける」治療方針を持ちます。

 これの利点は理解しやすいし、アプローチするべき要素を明確にしますのでやるべきことが明確になります。一方で「治して元通りに近づける」方針を持ちますので、麻痺などの治せない状況でも、いつまでも治すことにこだわって無駄な時間と努力をすることもあります。

 一方CAMRでは、まず改善可能な身体リソースをできるだけ改善します。更に利用可能な環境リソースも増やし、それらから新しいやり方を生み出して生活課題の達成力を増やすようなアプローチです。「元に戻す」よりは「新たな(それまでとは違う)できる状態を生み出す」というところが学校で習うアプローチと一番違うところです。

 この新たなできる状態を生み出すことは、「元に戻す」ということにこだわっている人達からは「健常者とは違う異常なやり方を進めている」と批判されることも多いです。

 でも麻痺があれば健常者とは運動の形が違っていて当然です。麻痺があるのに健常者の運動が目標になるなんて変な話です。だからできもしないのに「健常者の運動に近づける」という方針は「健常者への同化主義だ」などと批判を受けることにもなります。

 「違いを理解する、違いを認󠄃める」ことによって、この場合は要素還元論のアプローチが有効、この場合はCAMRのアプローチが有効と使い分けられるようになると良いですね。(終わり)

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西尾幸敏の本
「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」(金原出版)

「脳卒中あるある!: CAMRの流儀(Kindle出版)

西尾幸敏のその他の本
・「リハビリのシステム論(前・後編)」Kindle出版
・「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!~CAMR誕生の秘密~」Kindle出版
・「システム論の話をしましょう!」Kindle出版
・「治療法略について考える」Kindle出版
・「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!」Kindle出版
・「正しい歩き方?/俺のウォーキング」Kindle出版
・「リハビリの限界?/セラピストは何をする人?」Kindle出版

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