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人の運動システムの理解の仕方(その10)-2つの視点

 人の運動の形が無限に生み出されるのは、豊富な運動リソース(身体リソース、環境リソース、情報リソース)を基に柔軟で創造的な運動スキル(運動リソースを利用して課題達成するためのやり方)が多彩に生み出されるためです。

 障害を持つとは身体リソースが減少あるいは失われることです。そのために利用できる環境リソースが貧弱になります。さらに運動の量と質の低下によって情報リソースが貧弱になり、あるいは不適切になって適応的な運動スキルが生み出されなくなるのです。結果、必要な生活課題達成力が貧弱になります。

 今回はその運動スキルについて考えてみます。

 僕が理学療法士としてスタートしたのは筋ジストロフィー症の子どもたちの施設でした。

 そこでは子どもたちがあの有名な独特のやり方で歩いていました。股関節や肩関節、膝関節の筋力は重力の影響を取り除いた肢位でも全可動域を動かせません。とても重力に逆らって体を支え、歩くなんてことは無理!・・・・のはずです。でも子どもたちはイラストにあるような独特の歩容で歩いています。

 つまり重心線が股関節の後ろと膝関節の前を通るようなアライメントを取ることで、股関節・膝関節の伸展を維持するようなやり方、つまり運動スキルを生み出しているわけです。もちろん筋力はありませんから、関節や靱帯の制限を利用して股関節と膝関節の伸展を維持している訳です。

 初めてこの運動スキルを見たときはあっけにとられたものです。まるで綱渡りです。あるいはイスを積み上げてその上でバランスをとるようなものです。それで歩いて行くわけですから。

 先輩のセラピストに聞きました。「この歩き方は誰かが教えたんですか?」すると先輩は「世の中の誰がこんな歩き方を思いつくものか!これは子どもたちが自分で見つけたやり方だ!」

 僕は勤務している三年間、子どもたちが次から次へと繰り出す新しい運動スキルに常に驚かされました。

 ある日、一人の子どもがもう一人の子どもに向かってツバを吐いています。喧嘩です。僕は思わず駆け寄って「なにをしてるの、止めなさい!一体どうしたの?」と割って入りました。ツバを吐いた子はシュンとします。

 一方ツバをかけられた子どもは黙々と動いています。両手を握り合わせ祈るように体の前に持ってきます。それから右手の親指を立てて口にくわえています。

 僕はもう一人の子に「どうしてツバを吐くの?」と聞きながらも「一体この子は何をしているのだ?」とその子の動きに釘付けになりました。

 その子は親指を加えたまま頭をぐるっと回して左に顔を傾けながら、上手く右手を顔の右側面に載せます。そして指で這って何とか手を頭の上まで持っていきます。それからおもむろに体を反らせたかと思うと、前に振りを付けてその右手を鞭のようにしならせてツバを吐いた子どもの頭をひどく叩きました。

 僕はあっけにとられ、喧嘩の仲裁に入ったことも忘れて魅入られたようにその動きを見つめていました。そしてしばらくして感動で体が震えたものです。

 叩かれた子どもが大きな声で泣き出したため、他のスタッフが駆け寄ってきて漸く我に返りました。

 その子はとても僕などには想像もできない方法で、ツバを吐かれた仕返しをして見せたのです。

 今もその光景を思い出します。その子は自分にとって必要な課題達成(仕返しで叩く)のために利用可能な身体リソースを用いて、それを成し遂げる方法である独自の運動スキルを生み出したわけです。

 筋ジスでは中枢部の関節の筋肉から弱っていきます。明らかに身体リソースは貧弱になっているのですが、どうも柔軟に創造的に課題達成の方法である運動スキルを生み出す能力はちっとも失われていないのです。

 他にも片麻痺の患者さんでも麻痺側の股関節は弛緩して振り出せないのに、やはり利用可能な健側の上下肢や体幹を利用して歩くための「分回し歩行」という運動スキルを生み出します。

 それらから考えて、身体リソースは貧弱になっても、運動スキルを生み出す能力自体は失われないのではないか、と考えるようになりました。(その11に続く)

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